そして流れていく愛しき日々に
冬の朝編
ミツイ・晃平編
重そうな瞼が何度か瞬いて、ぱちりと目が開いた。それが起きぬけとは思えないほどに大きく開かれる。ミツイはそれを面白そうに眺めてから、おはよう、と笑った。
「なな、なんで?」
「眠っちゃったんだ」
答えて、口付ける。晃平はばっと反射的に起き上がって、真っ赤になった。
「ひどいなあ、朝の挨拶もさせてくれないわけ? 晃平は」
「挨拶って……」
「それに、寒いんだけど。晃平は寒くない?」
ついさっきまで、ミツイは胸元に晃平の温もりを抱えていたのだ。それがいまは、すーすーと空気が入り込んでいる。
晃平は、しばらくミツイの顔を見ていたが、意を決したようにばさりと再び布団の中に潜り込んだ。ミツイが引き寄せると、素直に従う。ミツイは頬が緩んでいくのがわかった。
「さ、寒いからだからな!」
晃平が、くぐもった声で言う。ミツイは「はいはい」と頷きながら、ぎゅっとその身体を抱き締めた。
映・藤吾編
早番のときの藤吾の朝は早い。だから、藤吾は前の晩に別々に寝ようと言うのだが、映は大概聞き入れない。寂しいだろ? と言われてしまうと、藤吾は黙るしかない。それに、冬は二人で眠る方が温かくて、藤吾も心が揺れてしまう。
控え目に鳴る目覚ましを止めて、藤吾はそっと起き上がった。冬の朝は、布団から出るのが本当に辛い。
どれだけそっと起きてみても、映は起きてしまう。最初はごめんね、と謝っていた藤吾だが、映がすごく困ったような怒ったような顔をするから、今ではそれさえ戸惑われるようになった。その代わり、藤吾はそっと映に口付ける。いつの日だったか、映が強請ってきて、真っ赤になりながらキスをしたのだ。そのとき、映があまりに幸せそうな顔をして眠りに落ちていったから、それから藤吾は朝からすごく緊張しながら、キスをする。
「ん……藤吾」
いつもなら眠った振りをしてくる映が、今日はぱちりと目を開いた。
「あ、映?」
ふいに映が首を掴んできた。そのまま引き寄せられて、藤吾は慌てて両手をついて身体を支えた。映ならともかく、自分が倒れたときには映が潰れてしまう。
「んっ……あ」
朝には相応しくないほど深く口付けられて、藤吾はぎゅっと目を閉じた。
「うーん。やっぱり。ちょっと熱い」
「え?」
「藤吾、風邪引いた?」
起き上がった映に、額を触られる。藤吾は目をぱちぱちとさせた。
「え? そ、そう?」
「喉痛いとか、寒気がするとかない?」
言われてみれば、ちょっとだるいかな、と思う。でも、その程度だ。
「油断しちゃ駄目だよ」
映はそう言いながら、軽々とした動作で起き上がった。はちみつレモンを作るから飲むように、と言われる。
「それから、今日はスポーツクラブには行かないで、真っ直ぐ帰ってくるように!」
言われて、藤吾は頷いた。風邪なんて、自分でもわからなかったのに、なんだか映はすごいのだと、ちょっと感心しながら。
レオーネ・ルカ編
トントントン、と小さな音がして、レオーネは古びた木の扉を開けた。ひやりとした空気が、足元から這い上がる。
「ああ、真っ赤だ。寒かっただろう」
挨拶もなしに、レオーネは腕の中にルカを引き寄せた。それから、手を伸ばして扉を閉める。突然のことに驚いたルカは、寒さに赤くなった顔のまま、レオーネを見上げた。
「歩いてきて、身体が温まったから、大丈夫」
頬を両手で挟まれて、ルカは恥かしさに俯いた。そのままきゅっと、今度は耳を手で包まれる。そこは確かに冷たくて、ルカはほうっと息を吐いた。
冬の朝は嫌いじゃない。とても透明なのに、ぴりぴりと肌を刺して存在を主張する、その空気が好きだった。とても静謐な、美しい朝だ。
レオーネはルカのためにと、温かいミルクを用意してくれていた。
隠れ家だ、とレオーネが笑いながら言ったその家は、とても小さな家だった。フェルナンドのアトリエと、バッチオ家との間にあり、普段は誰もいない。放蕩癖はそう簡単には治らないみたいだ、とレオーネは笑っていた。
そのレオーネは、この後すぐにマントヴァへと旅に発つ。突然決まったことで、用意にも忙しかったために、ずっと時間が取れなかったのだ。そしてようやく見つけた時間が、この朝の数時間だった。
ミルクを二人で飲みながら、ルカとレオーネは色々な話をした。人が住んでいるわけではない家はとても寒くて、二人で一緒に毛布に包まって、暖炉の前に坐った。
ぱちぱちと薪のはぜる音を聞きながら、なんとなく二人で顔を見合わせて笑った。こんな朝早くに、小さな家の中で、二人で毛布に包まっている。それが可笑しかった。
この時間は、すぐに終わってしまう。でも、それはひどく、幸せな時間だった。
各務・湊編
瞼の裏に光を感じて、湊はゆっくりと瞬きをした。いつもの癖で、隣の温もりを探す。だが、求めるものがそこにあったことは、ごく稀だった。
毎晩のように抱き合っても、各務が一緒に眠ると言うことは少ない。湊が完全に起きているときは捕まえておけるが、抱き合った後の満足感にうとうとして眠ってしまうときなどは、各務は隣の自分の部屋に戻ってしまう。例え朝まで一緒に寝ていても、先に起きてしまうことも多い。今朝のように。
湊は起き上がって、窓に近寄った。寒いと思ったら、雪が積もっていた。
両開きのその窓を開けると、雪に反射した朝日が眩しかった。それに目を細めたところで、おはようございます、と声がした。
湊が何も言わずにいると、そっと近寄ってくる気配がした。後ろに立たれたところで、くるりと半身を向ける。予想通り、各務はその手に厚手のブランケットを持っていた。
「おはよう。綺麗だね」
左手で、窓際に積もった雪をすくう。ぎゅっと握ると、掌と部屋のあたたかさに、それはすぐに溶けてぽたぽたと雫を垂らした。
ふわりと、ブランケットが掛けられる。それを避けようと肩を揺らしたら、そのまま抱きこまれた。
「手が冷たい……」
「雪を持っているのですから、当たり前です」
各務は言いながら、その手を取って口付けた。それが開けゴマの合図のように、湊は雪を握っていた手を開いた。その濡れた手で、すっかり身支度の整った各務の顔を撫でる。
起こしてくれたらいいのに。湊はいつもそう思う。目が覚めたときに温もりを探すのは、とても寂しい。特にこんな、寒い朝は。
各務はそれをわかっているのかいないのか、ブランケットごと、湊をぎゅっと抱き締めた。随分冷えてますよ、と言いながら。
わかっている。各務は使用人であり、湊は主人だ。それを崩すことは出来ない。それでも、こうして抱き締めてくれるのだから。
とりあえず、それでいいことにしよう、と湊は思った。
隊長・一号編
一号「隊長、起きて下さい。隊長!」
隊長「なんだ。別に急な用事があるわけじゃないだろう? もう少し寝てたらどうだ」
一号「あっ……ちょ、隊長! 寝るなら一人で……」
隊長「冷たいなあ。ん? 少しは温めてやろうとは思わないか?」
一号「思いません! 離して下さい!」
隊長「うーん。温かいなあ、おまえがいると」
一号「……」
隊長「な? もう少し。何もしないから」
一号「本当でしょうね?」
隊長「本当」
一号「仕方ありませんね、まったく」