home モドル

les bisous doux

「抱いてよ」
 真っ赤な、顔をしている。怒ったような、目をしている。
 こんなことを言わせるなと、言うように。
 伊織はちらりとその和音を見て、すぐに目を逸らした。
 突然、何を言い出すのかこの人は。
「まだ馬鹿なこと考えてるの?」
「馬鹿なこと?」
 伊織は荷造りの手を止めた。
 ようやく、和音のアパルトマンを引っ越すことになったのだ。和音の精神状態も落ち着いて、そうなると早くここを引き払いたい。
 なんといっても、ここにはあの男の家族もいる。和音にも、その家族にも、どちらにもいいことなんてない。
「伊織くんには、重荷?」
 声が、小さくなっていく。聞かなくても、わかる答えだから。
 重荷に、ならないはずがない。どこで敵を作っているか分からない伊織には、自分の身を守るのも大変なはずだ。
 和音は、弱点にもなりえる。それでも、傍にいたいと思うのは、わがままだろうか。
 和音は、離せない。伊織を、離せない。
 拒否されて、突き放されて、そうしなければ、離れることが出来ない。
「こっち来て」
 手を伸ばされて、そっと握る。ゆっくり引かれて、二人の顔が、近づく。額をくっつけあったところで、伊織がくすりと笑った。
「新しい部屋に行ったら、いっぱいしよう」
 熱い息で囁かれて、和音は頷くのが精一杯だった。


 新しい部屋は、南側に中庭があり、その中庭に向かって大きな窓がある、明るい部屋だった。近くに大きな公園もあって、良い散歩コースになる。
 和音の荷物は大したことが無くて、志筑の知人が車で二往復すれば済んでしまった。
「何年住んでるの?」
「十八の時からだから、七年……かな」
「長いな」
「最近は、半分は日本だけどね。ねえ、そう言えば伊織くんて、いくつ?」
「……十九」
「え?」
 和音が、戸棚に整理しようと持っていたカップをするりと落とした。それを足元に座っていた伊織が、すんでのところで拾い上げた。
「危ないなぁ」
「十九才?」
「そ。だから湊の代役なんて仕事が来るわけ」
 和音は口元に手を当てて、眉根を寄せていた。
 まだ、はたちにもなってないって?
「伊織くん、年ごまかしてるでしょう」
「ごまかしてません」
 にやりと笑った顔に、和音はますます不審な表情をする。
 嘘だ。まだそんな子供だなんて。
「真藤さんだって、年ごまかしてるって言われるだろう。特にこっちじゃ。中学生とか、言われない?」
 和音は薄っすらと赤くなったことでそれに答えた。確かにときどき、間違われる。
 伊織は自分が、実際の年より上に見られるのは慣れていた。それで得することもあるから、ちょうど良いと思っている。
「こっちの人と比べると童顔だから、仕方ないって」
 怒るように睨む和音に、伊織が苦笑した。相当嫌な思い出ででもあるのだろうか。
「じゃあ年下のお兄さんが、大人にしてあげようか」
 にやりと笑いながら、坐ったままの伊織が和音に手を伸ばす。その笑顔が妖艶で、和音は目を合わせられない。
「大人って……」
 どきどきする。心臓が、痛いくらいに、どきどきする。
 下から手首を掴まれて、そっと引かれる。それから肘を掴まれて、二の腕を掴まれて。のぼってくる伊織の手の感触に、心臓の音が伝わっているんじゃないかと思う。
「伊織、くん」
「何?」
「シャワーも浴びてない」
「まだ、キスもしてない」
 囁かれて、そのままその唇が重なる。和音はもう一方の手を、伊織の肩に置いた。
 深く、深く口付けられて、思わず身を引こうとする。でもすぐに頭を押さえられて、和音は膝をかくんと折って、伊織の前にひざまずいた。
「誘ったのは真藤さんだからね。あんな顔で睨むから」
 耳元に触れるくらいで囁かれて、和音は首を竦める。その唇がそれを諌めるように、そこに押しつけられて、和音は思わず吐息を漏らした。
 驚くほど甘いその吐息は、さっきのキスの所為だと和音は思う。
 そのままゆっくりと唇がおりていく。その唇が触れる何処もが熱くて、和音は切なくて仕方がない。
 シャツを捲り上げられて、肌が外気に触れる。開け放たれた窓から暖かな風が入ってきて、その肌の上を滑った。
 瞬間、和音は何をしていたか思い出して、慌てて伊織から身を離そうとした。でも、それを伊織が許すはずがない。
「どうしたの」
「だってまだ明るい……」
「健康的で良いんじゃない?」
「なんか違うよ、伊織くん」
「あのね、今さら止めるのはなし」
 そう言って、伊織は和音の手を自身に導いた。
 和音が息を飲む。はっきりと、ズボンの上からでも興奮しているのがわかった。
「年頃の男が、好きな人のそばで何もしないで一ヶ月近くいたんだよ。それも同じベッドで。……頼むから、させて」
 欲情した、声。
 くらくらした。まるで酸素が足りなくなったように、何度も浅い息を吐いた。
「ベッド、行こう」
 和音はやっと、それだけ言った。

 新しいベッドを、その本来の目的より早く、こんなことに使うなんて。
 和音がそう言うと、伊織が笑った。
「これもベッドの立派な使い道の一つです」
 少し大きくしたベッド。一人で寝る時は、淋しいだろう。伊織だってそうそうパリに来られるわけがない。それを考えて、和音は憂鬱になる。
「何考えてんの」
「僕一人じゃ、このベッドは大きいなって」
 伊織が、優しく笑う。胸が痛くなるくらい、優しく。
「俺が帰っても淋しくなくなるくらい抱くから。覚悟して」
「あっ……」
 するりとシャツを捲り上げられる。伊織の温もりのある手が、その肌の上を滑る。
「んっ……」
 胸の小さな突起を舌で転がされて、思わず声を上げた。そのまま唇が腰に、降りていく。ズボンの前が開けられて、和音の体がすくんだ。それでも協力する様に、その腰が少し、浮かされる。その間に、伊織はズボンを一気に引き抜いた。
 和音自身も、もう立ちあがっている。伊織はそれにそっと手を沿わせた。
 緩やかに、指を絡める。丁寧に包み込んで扱くと、和音が声を上げた。
「やっ……ん、はぁ……あ、あ」
 和音は漏れ出る声を、我慢できなかった。頭を激しく横に振って、真っ赤な顔をしている。その様があまりにもかわいくて、伊織は目を眇めた。
「その顔、反則」
 その、声も。
 和音が一際高い声を出して、大きく痙攣した。肩で、息をしている。伊織はそのままサイドテーブルに手を伸ばして、そこにあったビンの蓋を開けた。とろりとした液体を、その指に絡ませる。
「な、なに?」
 ぬめりとした感覚が、自分でも触れたことのない場所でして、和音が思わず足を閉じようとする。
「ちょっとだけ我慢して。傷つけるの、嫌だから」
 伊織の優しい声と共に、独特の匂いがふわりと漂ってきて、和音はそれが何かを知る。
 オリーブオイルだ。
 そうと分かった途端に、和音の全身が、真っ赤になった。
「力、抜いて」
 前を再び慰められながら、伊織の指が入ってくるのが分かる。
「なんで、そんなの」
「だって、何もないでしょう」
 解かれた荷物の中では、これくらいしかなかったのだ。それでも、きつい。伊織は時間をかけて、そこをゆっくりと解していった。
「はっ、あ、ん……いお、り……くん」
 切なげに呼ばれて、伊織自身も反応する。和音はじっと、伊織を見ていた。どこか訴えるような目に、伊織もそろそろ、限界だと思った。
「いれるよ」
 囁くと、小さく頷き返してくる。ウエストの横に手をつくと、その腕を握ってきた。
「大丈夫。力、抜いて。息、吐いて」
 言われるままに、和音が大きく息を吐く。それに合わせて、伊織はゆっくりと身を深く沈めていった。
「……いっ」
 和音が、悲鳴を上げる。
「痛い?」
「へい、き……」
 伊織が和音に手を伸ばす。そっと扱くと、衝撃に小さくなっていた和音自身も、少しづつ反応を返した。そっと、深く口付ける。その唇が離れた途端、また大きく和音が息を吐いたのと同時に、さらに押し進めた。狭い内部に、伊織の方も音を上げそうになる。
「すご……」
 囁くと、全身をまた染める。内側も伸縮して、伊織は思わず声を漏らした。
「そんなに締めつけたら、だめだって……」
「知ら、ないよ……」
 耳まで、真っ赤だ。伊織は何度かその髪を撫で上げ、和音の腕を持ち上げるとその手に舌を這わせた。綺麗に切られた爪と指の間を舐めると、ぴくりと和音の中が動いた。伊織はそれに微笑んだ。そうやって、しばらく慣れるまで、伊織は和音の手を弄んだ。
「動いていい?」
「聞か……ないで」
 目の淵が紅い。伊織は限界を感じ始めて、ゆっくりと動き始めた。なるべく、性急にならないように、必死で耐える。ときどき、啄むように口付けを交わす。
「あ、あ、やっ、んっ」
 緩やかな動きに、和音が声を上げる。指が、伊織の腕に食い込む。それでもそのうち甘い声が混じり始めて、伊織の動きも激しくなった。
 和音の上げる声に、体の芯が麻痺したようになる。
「……いやぁ」
 和音の体が、大きくはねた。それから伊織も、小さくうめいた。

「大人になった感想は?」
「意地悪い」
 その答えに、くすくすと、伊織が笑う。
「わらわ、ないで」
 まだ、伊織が中にいるのだ。小さい振動が、直に伝わってくる。
「ごめん」
 うっすらと染まった項が見えて、伊織はそれから目を逸らす。でも、遅かった。
「伊織くん?!」
「ごめん。だから、覚悟してって、言ったでしょう?」



home モドル