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たった一つ欠けたパズルの破片を持っているのは君だろう? 番外編

 海田広には、秘密がたくさんある。
 例えば、重藤千速と恋人と言う関係になる直前まで、付き合っていた女子大生がいたり、その千速を守るために、運動部長の権限を行使していたり。千速にはなかなか言えないことばかりだ。
 女子大生とは、付き合っていた、というには少しばかり語弊がある。相手の女子大生も、海田が長年思っている相手がいることを知っていて、どちらかと言うとセックスフレンドに近い関係だった。だから、千速とようやく両思いになったと報告したときも、手放しで喜んでくれたのだ。それでもう、抱き合うことがなくなるのは淋しいとは言いながら。
 海田は昼休みの生徒会室で、深く深くため息を吐いた。周りに人がいようが知ったことではない。鬱陶しがられても、気になどしない。滅多にないことだから、許してもらおう、と思っている。
「海田、ため息にしちゃあうるさいよ」
 報道部長で文化部長の宮古が呆れたように言う。大体において、ここには先日の節句対決の決算報告会のために来ているのだ。
「悪いが耳を塞いでてくれるか」
 それなのに、海田はそんなことを言う。それには今度は、執行部の他の面々がため息を吐きそうになった。
「節句対決であんな息の合ったところ見せておいて、なんだってんだ?」
 総代瓜生の非難めいた声にも、海田は答えずに机にずるりと上半身を預けた。大きな身体でやられると鬱陶しいことこの上ない。なんでもそつなくこなす海田がこんな風になるのは、重藤千速絡みのときだけだ。それも、本人との間で何かあったとき。
「そう言えば重藤、ここのところ食堂にいないな」
 会長の佐々野がそう言うと、深山植物園にいるんだってさ、と宮古が答える。
 東寮の寮長、深山の部屋を、別名「植物園」という。園芸部部長の深山の部屋には所狭しとばかりに植物があるから名づけられたもので、そのために深山は日当たりのいい、東寮の寮長になったのだ。選出された二人の寮長が、東西どちらの寮長になるのかはくじ引きで決められるはずなのだが、勘の良い二、三年は何か取り引きがあったに違いない、と思っている。実際、深山はその部屋でなければ寮長は降りる、と執行部には言っていた。
「深山のところに?それで拗ねてんのか」
 呆れた瓜生の声に、海田が「拗ねてない」と怒ったように言う。
「あいつは苔を見に行ってんだよ」
「苔?」
「そ。小さくても宇宙を感じさせる苔を見てると、落ち着くんだって」
 机にへばりついたままそう言う海田に、三人は顔を見合わせて苦笑した。重藤のことは海田に聞け、は健在だ。
「じゃあやっぱりそれで拗ねてるんじゃないか。重藤がそうやって落ち着く場所に行かなきゃならないことに」
 佐々野がそう言う。それに、海田はまた大きくため息を吐いた。その勘の良さが嫌いだよ、と悪態をつく。
「報告は終わりだろ?賭けの提供者への食券は俺にはいいよ。無理言って菖蒲貰ったから」
 海田はそう言うと、ふらふらと手を振って執行部室を後にした。


 拗ねているわけじゃない、と屋上に上りながら海田は思った。どちらかと言えば、落ち込んでいる、のだ。
 立ち入り禁止でもなければ、かといって自由に出入りできるわけでもない屋上だったが、三年にもなると合鍵の隠し場所を知っている。海田は扉近くの消火器の下から鍵を取り出すと、その扉を開けた。事務棟の屋上は、教室のあるL棟やA棟と違って、いつもあまり人が入らない。
 初夏の気持ちのいい風を受けながら、海田はまたため息を吐きつつ、金網にかしゃりと背を預けた。
 一人になると、先日の千速の顔がすぐに浮かんできては海田を責める。快感に震える瞼も、甘い声も、そして、泣きそうになりながら、「もういい」と言った千速の顔が。
 瓜生に頼まれて、節句対決のバスケの試合に出ることになった海田と千速は、ブランクも感じさせないほど息のあったプレーを見せた。千速をメンバーに入れたのは、姫という呼称に少なからず間違った幻想を抱いている輩がいたからだ。その節句対決の後、千速をプールの菖蒲湯には入れたくなくて、誘ったのは海田だった。執行部の四神の部屋に唯一在るバスタブに、これほど感謝したことはない。あまり自覚のない「春姫」の千速は、そうでもしなければ嬉々として温泉に入っただろう。
 菖蒲湯から上がった千速を見て、海田も自分を押さえるのに苦労した。ほとんど逃げるようにバスルームに向かって、折角の菖蒲湯だと言うのに、まずは水を浴びたほどだった。
 それなのに、千速が自分を見つめて、「しよう?」と言ってきたときには、ほとほと困り果てた。
 したくないわけがない。抱きたくないわけがないのだ。
 それでも、海田はいつも手を伸ばすことを躊躇ってしまう。この九重の奇妙な風習に流されるまま、千速は自分を求めているのだろうと思うと。
 海田自身は、もう諦めにも似た境地で覚悟を決めていた。長い長い片思いだったから、考える時間はたっぷりあった。今だから、九重にいるから、こんな風に大っぴらに千速を好きだと言えるが、決して誰にも言えなかった数年間が、海田にはある。そして、今が例外なのだと言うことも、海田には痛いほどわかっていた。
 だから、結局最後まで出来なかった海田に、千速はちゃんとしよう、と言った。それで思わず、女としたことがあるのか、と海田は聞いてしまったのだ。
―――なんだそれ。それがなんで今関係あるんだよ。
―――ない……よな。
 そう言った海田に、千速が叫んだ。
―――こんな山奥の全寮制高校にいて、どうやって彼女作るんだよっ。だいたい、そんなこと今関係ないって、
 そこまで言って、千速がふいに口を閉ざした。気付かれた、と海田が思ったときには遅かった。
―――おまえ、あるんだ。
 呟くように言われて、海田は少し焦った。過去のことだとしても、千速が良く思うはずがない。それも、千速は男だ。比べたわけではない、と言っても、今の状況では納得しないだろう。
―――わかった。もう、いい。
 言い方を誤った、と後悔したがそんなものは役には立たない。千速はそう言って、部屋から飛び出していった。
 海田はその後姿を見ながら、ただただ呆然と立っているしかなかった。


「副部長ー、海田部長どうしたんですか?」
 そう後輩に泣きつかれて、松宮はやれやれと肩を落とした。そんなことは、自分だって知らない。原因は思い当たるが、当の本人に聞こうものならそれこそ恐ろしいことになりかねない、と松宮は思っていた。
「海田、ちょっと休憩しろ」
 松宮はひたすら三対三で一点先取のミニゲームをしていた海田に声を掛けた。一点勝ち抜けで、ハーフコートだが二つに分かれているためすぐに順番は回ってくるし、三人で攻守をするために走り回らなければならないこのミニゲームは体力を消耗する。それをただひたすらやり続ける海田に、後輩から泣きが入ったのだ。
 問題は、海田は体力が人並み以上のために、ついていくほうが大変だと言うことだ。
「ん?ああ、いいよ。休憩にしよう」
 海田はそう言いながら、自分はシュート練習を始める。松宮はそれにため息をつきつつ、海田の襟首を掴んだ。
「おまえも休め。部長がそれじゃあ後輩はおちおち休んでられねーんだよ」
 普段は責任感が強く、面倒見もいい気の付く部長なのだが、こうなると手がつけられない。松宮はそんな海田を良く知っている。新入生で入ってすぐと、二年の一時期、やはり海田が馬鹿みたいに練習していたことがあるのだ。今なら、その原因がはっきりとわかるが、当時は付き合わされて散々だった。
 ずるずると引きずるように海田をコートの端まで連れてくると、スポーツドリンクを渡してくれるマネージャーに礼を言いながら、松宮はその海田をぽいっと言う感じに壁に放り投げた。海田よりずっと華奢な感じのする松宮だが、大雑把で腕力が強いのがこういうときに良くわかる。
「痛ってー。松、手荒い」
「文句言うんじゃねーよ。ったく。執行部会だったはずなのに随分早く来たと思えば、おまえ追い出されてきたな」
 面倒を見るこっちの身にもなれよ、と松宮がぼやく。
 海田はずるりと壁に背を預けて坐りながら、手渡されたスポーツドリンクをごくごくと飲んだ。わかっている。自分のむしゃくしゃした気持ちの発散に、みんなを付き合わせているのは。
「……悪いな」
「わかってるなら部活なんかに出てこないで外でも走ってろ」
 相変わらず、松宮は手厳しい、と海田は苦笑した。でも、だからこそ自分はこうして無茶をできる。
「おまえがいて良かったってつくづく思うよ」
「おまえね……」
 海田の言葉に、松宮は長いため息を吐いた。こう言うことを臆面もなく言わないで欲しい。
「そういうことは重藤に言ってやれ」
 そう言うと、海田が眉根を寄せて大きくため息をついた。
「鬱陶しい顔だな。なんだ、やっぱりそれか」
「なんだよやっぱりって」
「おまえが無茶苦茶やるときは絶対重藤絡みなんだよ。くっついたかと安心すればこれだからな。何だか知らないが早く仲直りしろ」
 松宮の無責任な言葉に、海田は苦笑した。確かに、迷惑ばかりかけている。迷惑ついでに一つ聞いてしまおうか、と海田は口を開いた。
「あのさ、松は……やっぱり覚悟いった?」
「は?何が?」
 急に小声になった海田に、松宮が不審な目を向ける。
「うーん、何つーの。一線を越えるとき、っていうか」
 海田がそう言った途端、松宮が驚きに目を見開き、それからさあっと赤くなった。それを見て、海田はやばい、と独りごちる。
「おま……知って……」
「あのなあ、俺、これでも一応運動部長。ついでに飼ってる運動部の奴らいっぱいいるし」
 その情報網は宮古でさえ感嘆するのだ。それは一重に千速を守るため、だったのだが、それ以外の情報だって入ってくる。
「だからって」
「あとは、見てればやっぱりわかるって。おまえとはもう長いしさ」
 海田はしれっとそんなことを言う。松宮はまだ赤いまま、呆気に取られていた。
「あーもう、悪かった。おまえに聞いたのが馬鹿だったよ。頼むからあいつを怒るなよ。あいつじゃなくて、おまえを見てりゃわかるってことなんだから」
 だから余計に始末が悪いのだが、松宮は恥ずかしさと怒りに何もいえない。
「知ってる奴はほとんどいないよ。あいつとその友達約一名、ってところだろ。多分、あの宮古だって知らない」
 海田は慰めるようにそんなことを言うが、松宮の怒ったように赤い顔はなかなか治らなかった。
「うーん失敗したな。おまえじゃなくてあいつに聞くべきだったな」
「聞くなよ馬鹿」
「だって立場的にはそうだろうし」
「どんな立場だよっ。いいか、聞くなよそんなこと」
 松宮は叫びつつ、だんだんと身体が脱力していくのを感じていた。ばれているなら仕方がない。それも、こんなにあっさりと。
「いいじゃないかそれくらい。ああでも、俺が聞きたいのはどっちかって言うと、おまえの立場的な意見なんだよなあ」
 海田はまだそんなことを言っている。松宮はその海田に、深々とため息をついた。なんだかもう、必死に隠してきたことがどうでも良くなってくる。
「そんなことかよ、おまえの悩みは」
「そんなことって松、大事だろ?」
「そりゃそうですが。海田の広くんはそんな覚悟はとうに出来ていらっしゃったのでは?」
 半分嫌味口調の松宮を気にすることなく、確かに俺はねえ、と海田はつぶやいた。
「何?あっちが嫌がってんの?」
「違います」
 きっぱり言って、また大げさなほどのため息をつく。なんだ惚気か、と松宮は首を振った。
「それも違う。……あのさ、松はここから出るのが怖くなったりしねえ?」
 ここ?と一瞬松宮は首を傾げたが、すぐにああ、と頷いた。
「まあ、ときどき、ね」
 山奥の、全寮制の、九重と言う閉ざされたこの世界が、特別なのだと松宮もわかっている。そのことに怯えているのか、とようやく海田の不安のようなものが見えた気がした。
「でも、俺はそれをわかって受け入れたから。俺はいいんだ。でもそれであいつが困るようなことになったら、俺はきっぱり別れる」
 はっきり言い切った松宮を、海田は惚けたように見た。それから、にやりと笑った。
「聞かせてやりたいねえ、小坊主に」
 言った途端、ごんっとペットボトルで頭を殴られる。その容赦のなさに、海田は頭を抱えた。
「せっかく人が真面目に相談に乗ってやってんのに」
 どこがだ、と海田は思ったが、確かにそう言う類のことは一切口にしない松宮がわざわざ言葉にしてくれたのは、海田に答えてくれたからだろう。
「悪い。ちょーっと小坊主が羨ましくなったんだよ」
「ああ?なんでだよ」
「おまえはちゃんとわかってるな、ってこと。まあ、俺も待つしかないかなあ」
 何を、と聞こうとしたが、松宮はおぼろげに海田の言いたいことがわかってきた気がした。
「なんだかなあ」
 思わず、そう呟く。
「結局、重藤は大事に大事にされてるわけだ」
 それには海田が、当たり前だろう、と笑った。


 海田と千速が話をしないまま、週末がやってきた。その辺りを報道部が突っ込みに来ないのは、海田が宮古に圧力をかけているからだ。あれだけ目立つ二人に、今更それもないじゃないか、と宮古はぶつぶつ文句を言いつつも、海田の情報網を捨てきれないでいた。それに、海田が実はとても怖いと言うことを、宮古は相棒の文化部総括としてよく知っている。
 海田は松宮に待つしかないか、と言いながらも、あの誤解だけは解かないといけない、と思っていた。でも、千速はどうやら自分を避けているらしいとわかって、何も出来ないでいた。相変わらず部活では走り回っていて、副部長の松宮に呆れられている。それでも文句を言いながら、ストッパー役を買って出ている松宮に、海田は感謝していた。
 少し寝不足気味の土曜日、海田は千速の部屋に行こうかやめようか、ずっと迷っていた。行って、誤解を解いて、でも、千速が望むように千速を抱くことは出来ないかもしれない。いい加減自分も頑固だと思うが、今ここでちゃんと覚悟をしないと、二人に未来なんてないと海田は思っていた。
 切実なのだ、と海田は思う。ただでさえ不安定で不確実な未来を、なんとか少しでも見えるものにしたいと。でもそれはきっと、どうしたって千速を手離せない自分の我侭なのだ、と海田はわかっていた。何年も千速に片思いをしてきた自分と、最近ようやく海田を好きだと思ってくれた千速と。同じ不安を持てと言う方が間違っているのだろう、と思う。それでも海田は、幼馴染とか友達と言う、もしかしたら恋人なんてものよりずっと安定した位置を捨てたときから、千速には海田のその未来設計に無理やりでも携わってもらおうと決めていた。長い長い、将来のことではなく、ほんの先の未来のことだったけれども。そうやって、少しずつ固めていかなければ、不安でたまらないのだ。
 うろうろと考えていると、インターホンがなった。時計を見れば九時を少し過ぎたところだった。寮の正面玄関は十時には閉まるから、こんな時間にくるのは南寮の誰かだろうと思った海田は、ドアを開けてみてから驚いた。
「千速……」
 まさか千速の方から訪ねて来てくれるとは考えていなかった海田は、呆然と立っていた。それに困ったような顔をしながら、千速が入って良いかと尋ね、海田はただ頷いた。それからそこにまだ突っ立っている海田に苦笑しつつ、千速はドアと鍵を閉め、海田を促してソファーの近くまで行った。そこで話をしようとソファーに腰をおろしかけた千速を、海田は後ろから抱き締めた。
「辛かった……」
 海田がそう呟くと、千速も「俺も辛かった」と言った。海田はその柔らかいとは言い難い、ごつごつした身体を、ぎゅっと抱き締めた。
「でも、色々考えた。広が色々考えてることがわかったから、俺も考えた」
 そう言うと、海田の腕がぴくりと動いた。千速の真摯な声が、部屋の中に響いた。
「俺、後悔しないから。きっとどこでどんな風に会ったとしても、俺は広を好きになってたと思う。だから、これからどんなことになっても、広を好きになったことは後悔しない」
「千速……」
 千速は海田の腕を叩いて、少し緩めるように頼んだ。それから、くるりと身体の向きを変えると、海田と向き合った。
「どんなことになっても、広、責任とってくれるんだろ?」
 千速がそう笑うと、海田は一瞬目を見開いた。ゆっくりでいいと、海田は思っていた。それは二人には辛い時間だろうが、そうやって答えに辿り着いてくれればと。自分は少し、千速を見くびっていたのかもしれない、と海田は目の前の千速を見た。
「俺も、広と、自分と、二人の未来の責任はとる。だから、広、ずっと二人でいよう」
 千速の言葉に、海田はゆっくりと柔らかく微笑んだ。千速は真っ直ぐだ、と海田は思う。この真っ直ぐさに、きっと自分は惚れたのだろう、と。
 二人はその夜、ゆっくりと、長い時間をかけて抱き合った。海田の慎重すぎるほどの慎重さに、千速が抗議の声をあげる。その積極性はある種犯罪的だ、と海田はため息をつきたくなった。艶やかな微笑みも、甘い嬌声も、海田の理性を試しているとしか思えない。ぶつぶつとそんなことを海田が言うと、千速はだって、とその海田を睨んだ。
「広はどうせもてるからな。理性なんてくそくらえ、だ。そんなもん飛ばしてみろ」
 それから、そんなことを言う。海田はそうだった、とことに及ぶ前に誤解を解くことをすっかり忘れていた自分を叱った。
「あのな、これだけは言っとく。俺はおまえを誰とも比べるつもりはない。あれは、そういう意味で言ったんじゃないんだ」
「うん、わかってるよ。俺を心配してくれたんだよね」
「千速?」
「考えたって言っただろ。それに、梅野が色々聞いてくれてさ。ヒントもアドバイスもくれたんだ」
 海田はその言葉に、少し儚い印象のある千速の同室者を思い浮かべた。儚さがあるのに、温かさもある奇妙な人物だ。
 千速はきちんと、自分の言った意味を汲み取っている、と海田はほっと安心していた。海田が女のことを話したのは、男である千速と女を比べたのでは決してなく、今海田に抱かれたら、千速はこのまま女を知らないで過ごすかもしれない、と思ったからだった。千速が望むなら、海田は抱かれる側に回ってもいい。それでも、千速は女を知らないままになる。自分が知っているだけに、海田はそのことが気にかかっていたのだ。
「梅野か……」
「あいつも、色々あるみたいで。俺なんか自分のことばっかりなのに、優しいよ」
 千速がそう言って、柔らかく微笑む。海田の執拗な愛撫に上気した顔でその微笑みは、海田を直撃した。
「千速ー。それなし」
 ぐったりと海田が千速に覆い被さってくる。千速はそれを重いと言いながら、途中で止める広が悪い、と笑っている。
「俺、すごい嬉しかったよ。広がそこまで色々考えてくれてて」
「惚れ直した?」
「うん、惚れ直した」
 また、にっこりと千速が笑って、海田は降参とばかりにその唇に口付けた。さっきから我慢ならないと言っているのは自分も一緒だ。
「俺、絶対今日のこと忘れないから。後悔も、恥じることもしない」
 千速が離れた唇でそう言う。
 参ったな、と海田は内心苦笑した。
 惚れ直したのは、きっと自分の方だ、と思いながら。



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