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* 02
加速する日々 01
馬鹿にしているわけではないが、相手にもしていない。友江祐司は、いつもそんな目をしている。
高校二年の冬休み後の転校生は、時期はずれで噂の的だった。それも、幼稚舎からの持ち上がりも多い、エスカレーター式の学校にあっては、まるで新種の動物を見るかのような視線になってしまったのも、無理がない。それに、と笠木はため息をついた。
それに、あのアンバランスな外見。
あれが生徒たちの興味を悪戯に掻き立てるのだと笠木は思う。金髪に近い髪に、白い肌。色素の薄い瞳だから、服装によってはずいぶんとこの学校にも馴染めるような「上品さ」を備えられただろう。そんな風な、優しい顔を本当はしていると笠木は思うのだ。でも。
友江祐司のその髪は、天然ではないと笠木は思っている。学校には、生まれつきだと申告はしているが、あれは脱色している。それを笠木はわかっていて、わざわざ言うことはしなかった。その髪をばさばさと無造作に作っていて、両耳に小さなピアスをしていることも、知らない振りをしていた。
始めにきちんと注意しておけばよかったのだろうか、と笠木は思うが、それで今の現状が変わったかといわれれば、首を傾げずにいられない。そんな簡単なことでは、きっとないのだ。何十年と続いた「伝統」のようなこの学校の雰囲気は、異端児を好まない。それを変えることなど、容易ではない。それは、三年前に新任として赴任してきた自分が一番良く知っていた。この学校の卒業生ではない教師は、珍しいのだ。三年目にしてようやく、少しは馴染んできたように思った矢先の、時期はずれの転校生だった。そんな転校生が自分に回されたのもまた、教師たちさえ異端を好まないことの現れだと笠木は思う。
最初は怖がるように遠巻きにしていた生徒たちも、友江が何も出来ないとわかると、陰湿ないじめを始めた。いじめだと、笠木は言い切ることは出来ない。それを確信したら、解決しなければならないからだ。もう少しで、一年度が終わるのだ。何も今、騒ぎを起こしたいとは思っていない。
それに――
考えると頭痛と吐き気と、ため息しか出てこないような、友江の自分に対する態度。
『大丈夫だよ。俺は何も言わない。訴えたりしない。そのかわり……』
どうして、流されるように許したのか、笠木にはわからない。確かに一番良い方法のように思えたのが、なぜなのか。
一度悪戯のように仕掛けられたものが成功し、友江が何も反撃をしてこないことをわかった生徒たちは、そのうちだんだんとその遊びに夢中になっていった。あれは遊びであり、ゲームであると笠木は思う。きっと、楽しんでいるのだと。
そう思うと、笠木は背筋が凍るような思いをすると共に、大きな脱力感を感じずにはいられなかった。自分は何も出来ないし、一言だって必要なはずの言葉を発することができないのだ。
それは、歯がゆいのではなく、情けなかった。
ぱたんと靴箱を開けた音がして、ふと隣を見ると、友江の姿があって、和倉は思わずじっと見つめていた。その手に取られた上履きは、泥がこんもりと盛られている。じっと見られていることにも気づかないのか、友江はそれを持って、靴下のまま廊下をぺたりと歩いていった。
和倉は、その無表情さにイライラする。いつもだ。自分やクラスメートが何をしても、友江の目は悲しみもしなければ、悔しいとか、泣くとか、そういうことは一切無い。その何もなさに、和倉は片目を引きつらせる。
朝から不愉快なものを見た、と思って、気晴らしにと友江の下駄箱を開けた。そこに入っている、ナイキの最新型の靴を取り出して、さてどうしようと考える。これで放課後まで、楽しみができるのだ。和倉は少し考えてから、時間がないことに気付いて、急いで手近なごみ箱にその靴を放り入れた。古く無機質なごみ箱に、その靴はオブジェのように見える。和倉は小さく唇を噛んで、ごみ箱の蓋が閉まるのを妨げている靴を、ごみ箱に押し込んだ。
教室に行くと、友江は普通に席についていた。上履きも履いている。静かに、何事も無かったように、そこにいる。教室中が、友江を無視しているにも関わらずに。
「よお、遅かったな。ぎりぎり」
和倉の姿を見つけて、沖が近寄ってくる。
「はよ」
和倉は眠そうな声で、不機嫌に答えた。それに沖が微かに眉根を寄せるが、担任の笠木が入ってきて、沖は自分の席に戻った。
担任の笠木はまだ若い。こんな中で教師をするには、少し弱すぎるのではないかと和倉は思っているが、生徒たちにしてみれば、「扱いやすい教師」ということになって、わりと人気があった。馬鹿にされている、とも言えるが、本人は必死なのではないかと和倉は思っている。そう言う相手は、あまり好きではないが、放っておける。馬鹿にしていればいいのだ。でも、友江のような相手はそうはいかない。気に障って、仕方がない。
友江はぼんやりと外を見ている。笠木が生徒たちの友江に対する態度を何も言わないのと引き換えのようにして、友江は笠木に何も言わせない。和倉はそう思っている。それもまた、気に入らない。
教科書のほとんどが読めなくなっていたり、ノートが破かれていたり、体操着がなくなっていても、そして、きっと靴がなくなっていても――
友江は何も言わない。表情も変えない。薄茶色のあの瞳は、揺らぎもしない。
気に入らないのだ。その何もかもが、気に、入らない。
「何すねてんの?」
休み時間になって、沙耶が寄って来た。机の上に座ると、短いスカートからまだ若い太腿が見えるが、そんなことは気にしていない。ネクタイが少しだけ曲がっているのを、和倉が直してやると、満足そうに笑った。
「拗ねてないよ。別に」
そうは言ってみるが、確かに気分は良くなかった。派手に遊びたい気分だ。
「そう?」
沙耶が目を細めてにっこりと笑う。誘っているのか、少しだけ身を乗り出してくる。
いい加減にしてくれ、と和倉は思う。そんなにやりたいなら、今ここで犯してやるよ、と心の中で吐き捨てる。
「じゃぁ放課後、遊びに行こうよ。最近付き合い悪いじゃない?秀平」
そうだったかな、と言いながら、和倉はイライラしていた。今朝の友江の無表情が頭の中をちらついている。あれは、見下してさえいるのではないかと思えてくる。いや、それならまだいいのだろう。
あれは、無視しているのだ。
「秀平?ちょっと聞いてる?」
「ああ聞いてるよ。駅前に六時だろ。わかったよ」
秀平がそう言うと、投げやりなその言い方が気に障ったのか、沙耶は口を尖らせたが、チャイムがなって仕方なさそうに席についた。
どこかに遊びに行くのもいいが、沙耶を散々に犯してやるのも良いな、とその姿を見ながら和倉は思った。
ふと、教室中に密かな笑い声が小波のように広がった。見ると、友江のノートがまた破られている。
イライラする。
何もなかったように、友江は破られていない部分を広げる。その無表情さに、和倉は、イライラする。
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