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加速する日々 02
放課後になると、和倉はそれでも沙耶たちと遊ぶのが面倒になって、屋上にあがった。友江が靴の無いのをどうするか見学しようかとも思ったが、どうせまた、何事も無かったように済まされるのだろうと思うとイライラして、結局放っておいたのだ。
どうせなら、沖たちと遊んでも良かったが、今日は沖は予備校の日のはずだ。和倉は面倒くさくてそのまま大学に上がってもいいと思っているが、沖はどこか他の国立にでも行きたいのだろう。その辺の話を、あまり真剣にしたことはないからわからない。
屋上に上がると、日はもう沈み始めていて、ぼんやりとした空気が漂っていた。その中に、誰かの影を見つけた和倉は、思わず舌打ちをする。友江祐司がいたのだ。
近寄ると、煙草の煙が見えた。足音に気付いているはずなのに、振り返りもしない友江に、和倉はイライラしながらその隣に立つ。友江より少しだけ背の高い和倉は、見下ろすように視線を注いだ。
友江はやっと気付いたように、緩慢な動作で煙を吐き出しながら和倉を見た。それから、何も言わずにまた視線を戻す。その視線は、どこを見ているのかわからなかった。燃えるような夕陽なのか、それに照らされる街なのか、紫色の空なのか。
和倉は、そうして無視されるのが最も嫌いだった。それも、友江はぼんやりと煙草など吸っている。あれだけ嫌がらせを受けていて、こんな場面を見られることにも頓着が無いことが、和倉の気に障る。
何もかもなのだ。何もかもが、気に障るのだ。
「学校で煙草なんて、ずいぶんいい度胸だな」
冷たい眼差しでそう言うと、友江がゆっくりと視線だけで和倉を見た。その口から、ゆっくりと紫煙が立ち昇る。それから、ゆっくりと微笑まれた。目が、妖しげに光る。
「確かに。お前らにはこんな度胸はないかもな」
初めての、二人の会話だった。大概は和倉の一方的な厭味や蔑みの言葉ばかりで、会話などしたことがなかったのだ。
「……どういう意味だ」
「そのままだよ。あんな意気地の無いやり方でしか虐められないんだからな。まあ、学校には優等生として見てて貰いたいお坊ちゃまやお嬢さん方には、あれが精一杯か」
また視線を前に戻して、友江が薄く笑った。和倉は、面食らったように眉根を寄せ、それから落ち着こうと大きく息を吸う。
「まるでもっと虐めて欲しいような言い方だな」
そう言うと、友江は今度はくつくつと声を上げて笑った。
「出来ないだろ。お前らには。何なら、どうやったら良いか教えようか?」
それから、そんなことまで言う。和倉はごくりと唾を飲み込んだ。友江の様子は、少しおかしい。何だか、狂気を孕んだ目をしている。
「そうだな。男が男を貶めるなら……」
笑いながらそう言って、友江はぽいっと煙草を投げ捨てた。それから、最後の煙を動けずにいる和倉の顔にふうっと吹きかける。
「やるのが一番、か」
言って、左手を肩において、右手をズボンの上から滑らせる。思いもしなかった行動に、和倉は思わず唸った。
「男とやったこと、ある?」
友江が、ゆっくりと布越しに和倉を撫でながら、耳元で囁く。間近で見る友江は、とても白くて微かに香水の香りがした。
「まさか、女とはやったことあるよなあ?」
くすくすと笑われて、和倉はかっとした。笑われたのは、すでに反応し始めている己自身のことだとわかったからだ。布越しの、柔らかい刺激。セックスなど、とうの昔に経験していたのに。
こんな風に誘われたことは、なかった。それに、男とのセックスは考えたこともない。それなのに、反応している自分に、和倉はふつふつと怒りを覚えた。
「お前、こんなことしてっ」
そう殴りかかろうとした和倉を、友江はひょいと簡単に抑えた。それに、一瞬和倉が慄く。強気ではいるが、手が震えていた。
それを馬鹿にするように楽しそうに笑って、友江が再び囁く。
「俺がやるのもいいが、それじゃあ同じでつまらない。大丈夫だよ。いい思いさせてやる」
和倉には、その友江の言葉がどんな意味なのか、わからなかった。
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