*  web electro index  0203

□Kouhei 00:http://at_first.electro.xx
 どうやってそのサイトを探し当てたのか、晃平は覚えていない。適当にネットを彷徨うのはいつものことで、常時接続となった今では、それに拍車がかかっていた。だから、どこから辿り着いたのかも、わからなかった。
 『web elrectro』
 緑なのか水色なのかわからない背景色に、赤い字でそう書かれている。そのまま読み進めると、どうやら検索サイトの一種のようだった。でも、こんな名前のサイトは聞いたことがない。
 画面には、黒字で以下のようなことが書いてあった。

web electroへようこそ!
お探し物はなんですか?
探し物ならばなんでも結構。私たちが、見つけ出すお手伝いをさせていただきます。ご利用は無料。下記の注意事項をよくお読みの上、ご利用ください。では、お探し物が見つかることを願って。

【ご利用上の注意】
 ・ご利用は一日一度とさせていただきます。
 ・お探し物が見つかり次第、そのサービスは停止させていただきます。
 ・回線をお切りになった場合、その時点でサービスは停止いたします   のでご注意ください。
 ・お探し物は、はっきりとしたものではなくても結構です。思う存分   お探しください。(ただし、サービスのご提供は最高12時間です)
 ・サービスに関する苦情は、一切受け付けておりません。
 ・予告なく、サービスを停止させていただくことがあります。

 晃平は、その注意書きに首を捻った。少し、おかしい。探し物が見つかった時点でサービスが停止、というのはどう言うことだろう。当たり前のことでもあるし、それはどちらかと言うと、利用者が決めることではないのだろうか。
 そのまま画面下を見ると、navigationというコンテンツには、本や映画、音楽と言ったものから、人や思い出、記憶なんて言葉も並んでいる。
 思い出や記憶を、どうやって探すと言うのだろう?
 インターネットでは、確かに色々と調べることができる。でも、自分のその思い出を、どこで見つけられると言うのか。好奇心が出てきた晃平は、まずはと、「探し方」をクリックした。

 ひゅっという音がした気がする。そんな音が。それから、まるで空気に色がつくみたいに、目の前に人型ができた。
 ―――いや、本物の人だ。
「web electroのご利用ありがとうございます。探し方サービス担当、ヨーゼフです。ご利用は初めてですか?」
「……え?」
 目の前に突然現れた人を見て、晃平は呆気に取られた。口をぽかんと開けて、という表現そのままに。
 ヨーゼフと名乗ったその男は、さっきまで見ていた画面と同じ色のスーツに、赤いネクタイをしている。靴は高級そうな革靴だ。奇抜だが、金髪にすらりとした体型に、その服はなかなか似合っていた。
「ご利用、初めてのご様子ですね。何をお探しでしょう?」
「えっと、あの」
「はい?」
 男は、晃平の困惑も気にせずに、にっこりと笑う。瞳がグレーで、どうやらそれがこの服との調和を保っているようだった。肌の白さも、マッチしている。
 いや、そんなことを考えている場合ではない、と晃平は目をぱちくりとさせる。その様子に、男が微かに笑ったのも、驚きすぎている晃平には、わからなかった。
 ―――これはこれは可愛らしい。これではこれから色々な奴が引っかかるな。
 と、内心笑って楽しんでいることなど。
「あの、あなた誰ですか?」
 男が名乗ったのは分かっている。でも、そう聞かずにはいられなかったのだ。まるで状況が、飲み込めなくて。
「web electroの探し方サービス担当のヨーゼフです」
 ヨーゼフは先刻言ったことを、嫌そうな様子を見せずに繰り返す。もう、慣れっこなのだ。
「web electro……」
 晃平は恐る恐る自分のパソコンの画面を見る。だがそこには、何も映っていなかった。真っ白だったのだ。
「えぇ、その検索サイト、web electroです。ご心配なさらないで下さい。サービスを停止したいときは、そうおっしゃってくだされば、画面はホームへと戻りますから」
「はぁ……」
「ではまず、簡単に使い方をご説明いたします。ご利用上の注意は読んでいただけたでしょうか」
 ヨーゼフの良く通る声に、晃平は黙ってこっくりと頷く。
「注意なさってもらいたいことは、基本的にはそれだけです。あとは、探し物にあったところをクリックしていただければ、私ども各サービス担当が誠心誠意、探させていただきます。該当する項目がない場合は、その他、または私、探し方をクリックしてください。ご質問とうはその都度お答えも致しますし、まずはお試しいただければ一番お分かりになると思いますが」
 ヨーゼフはそう言って、またにっこりと笑う。晃平は、椅子に座ったまま、まだ唖然としていた。つまりは、どういうことだ?
「何かご質問はございますか?」
 そう言われても、晃平はこの状況が飲み込めていないのだ。この目の前の、やたらカッコイイ男は、どうしてここにいるのだ?それに―――
「なんでヨーゼフなんだ?」
「はい?」
 ヨーゼフは、思っても見なかったことを言われて、思わず聞き返した。それは、迅速かつ正確をモットーとするサービス担当にあるまじき行為だった。ヨーゼフは慌てて咳払いをして、晃平がもう一度質問しないうちに、口を開いた。
「サービス担当は、自分で好きなように名前がつけられるのです。便宜上必要ですしね。私はとあるアーティストからそのお名前を頂戴いたしました」
「あの、コヨーテのヨーゼフ?」
「はい。ご存知なのですね。このアーティストを知らない方が結構いらっしゃるので、光栄です。以後、お見知りおきを」
 晃平は、そうか……と思いながら、ようやく状況に慣れてきたようだった。慣れてきたところで考える。
 ―――これは、面白い。
「探し物は、なんでもいいの?」
「はい。大雑把なところから、専門の担当者まで繋がってますので。最初の担当で分からなければ、もっと専門的な担当者をお呼び致します。そうですね……たとえば、こんな感じの音楽が聞きたい、とおっしゃっていただければ、それに合ったものをこちらからお選びしてご提案させていただく、ということも出来ます。何かお探し物がおありですか?」
 晃平は少し考えて、そうだ、ととある本のことを思い出した。題名と著者名はおろか、内容も何となくしか覚えていないので、探しようがなかったのだ。でも、最近になって読み返したい、と無性に思っている本だった。
「本ですね?新刊本ですか?」
「いや。古い本だよ。読んだの俺が高校のときで、既にそのとき古かったから」
「ほかに情報がございますか?」
「それがあまりね。内容をちょっと覚えてるぐらいで……」
「わかりました。それでは、古本担当をお呼び致します」
 ヨーゼフはそうにっこり笑ったが、心の中では、この正直そうな青年を哀れんでいた。今呼んだら、誰が来るのかはわかっている。何も最初に、あの古本担当を選ばなくても……と。
「何かご質問等ありましたら、またお呼びくださいね。検索窓に名前を入れていただければ、私が出てまいりますので」
 ヨーゼフはそう言うと、丁寧にお辞儀をした。そのあと、あぁそれから……と頭を上げて付け加えた。
「ご利用上の注意にも書いてありますが、サービスに関する苦情は一切受け付けておりませんので、その旨ご了承下さい。ではまた」
 ヨーゼフはそうにっこりと笑うと、出てきたときと同じように、ひゅっと音をさせながら、次第にその姿を消していった。そして、それと入れ替わるように、ヨーゼフと変わらないくらいの、モデル並に見た目のいい男が、立っていた。ここの担当者は、みんなこんな風に見目が良いのだろうか?そう思いながら、晃平は男が何も言わないので、自分から口を開いた。
「あんたが古本担当?」
「そう」
 先刻のヨーゼフとは違う、いやに馴れ馴れしい態度で、男はそう笑った。



□Kouhei 01:http://old_books.electro.xx
「あんたが古本担当?」
「そう」
 先刻のヨーゼフとは違う、いやに馴れ馴れしい態度で、男はそう笑った。それから、どさりと勝手に机の傍らのベッドに腰掛けた。長い手足を、持て余し気味に組んだりしている。黒い髪に茶色い瞳。がたいは西欧並にいいのに、顔は立派に東洋系だ。服装はヨーゼフと同じで、それが制服なんだろうか、と晃平はその派手な衣装を見た。ヨーゼフと違うのは、高級そうな皮の鞄を手に提げていることだ。
「名前は?」
「ミツイ」
 男はそうにっこり笑った。女を垂らし込む笑い方だ、と晃平は思う。古本のことを聞くより、女の捕まえ方を聞いたほうが良いんじゃないか。
「君は?」
「え?」
「君の名前」
 ミツイはそう言いながら、長い手を伸ばして晃平の顔を少し隠していた髪を払う。
「……晃平」
「晃平ね。もしかして初めて?」
「あ、うん。今日たまたまそっちのサイトを見つけてさ」
 その答えに、ミツイは満足そうににっこり笑った。今日はついている。こんな良い男を捕まえられるとは。それも初物だ。お茶を飲む暇もなくいやいや出てきたのだが、お茶なんて飲んでなくてよかった、と思う。
 晃平のさらりとした髪に、強気な瞳は、ミツイの好物だった。
 ―――そう、これはいただいてしまわなくてはいけない。
 最近上物にありつけなかったし、手に入れようとしたところで、ライオネルに取られた客がいた。その悔しさが、未だに抜けない。
 晃平は、きっとライオネルにも気に入るだろう。
「ねぇ、ミツイさんって本当に古本担当?」
 晃平はミツイの思惑には気付いていない。この新しい遊びに、夢中になっている、という感じだった。
「晃平くん、人を見かけで判断してはなりません」
 ミツイはそうにっこりと笑う。その笑顔を、晃平はどうも直視できなかった。なんだか照れくさくなるのだ。
「これでも古本担当の中では、一番人気なんだけど」
 それはこの顔のおかげでもあるのではないかと晃平は思ったが、それは黙っておいた。
「じゃぁ早速探してもらおうかな」
「ねぇ晃平、せっかく出会えたんだからそんなに焦らなくても。俺、お茶も飲まずに飛んできたんだ。お茶の一杯ぐらいご馳走してくれない?」
 ミツイはそう言いながら、足を組みかえる。嫌になるくらい、長い。
 それに、なんだってこの男は自分を呼び捨てているのだ。
 晃平はむっとした顔をした。
「だって仕事だろ?」
「そうだけど。それぐらい良いじゃないか。晃平も少し休んだら?」
 ミツイは晃平のむっとした顔など見ない振りをして、笑っている。晃平は、こういう男が嫌いだった。それでも、ミツイのにっこりと笑う顔を見て、ため息をつきながらコーヒーを淹れにいく。確かに少し疲れている感じだったし、自分も少し落ち着いた方がいいと思ったのだ。
「コーヒーでいい?それとも酒でも飲む?」
 晃平は台所から叫んだ。晃平のいいところは、すぐに人と馴染むところだ、と誰かに言われたが、どうも晃平は人を「お客様」扱いするのが苦手だった。
「酒、と言いたいけど、仕事中だからコーヒーで我慢する」
 部屋から聞こえてきたその答えに、晃平は、そんな玉じゃないだろう、などと呟いた。それから、コーヒーをカップ二つにいれて、部屋へと戻る。1DKの小さなアパートは、一人で住むには十分だった。
「その仕事もせずにコーヒー飲もうってやつが何言ってんだか。だったらさっさと仕事終わらせてから、酒でも飲めばいいのに」
 コーヒーを渡しながら晃平がそう言うと、ミツイは礼を言って、駄目なんだ、と続けた。
「最初の注意書きを読まなかったのか?探し物が見つかったら、俺の仕事は終わり。強制的にまた次の仕事に飛ばされるんだ」
 サービス停止とはそう言う意味だったのか、と晃平は思いながら、コーヒーを啜った。その晃平は、だからこそミツイが仕事を先延ばしにして、どうやって晃平をいただいてしまおうか、などと考えているとは思っていない。
「なぁ、web electroのサービス担当って、みんなそんなに顔がいいの?」
 晃平は先刻から思っていた疑問を聞いて見る。
「いや、別に。年も性別もばらばらだからね」
「可愛い女の子いる?」
 思わず聞いた晃平に、ミツイはにやにやと笑って、いるよ、もちろん、と言った。
「でもねぇ、女はみんな恐ろしいよ。やめときな」
 ミツイはそう言いながら、あの魅惑的といえる笑顔を近づけて、晃平の髪を長い指でかきあげた。
「何してやがる」
 晃平は一瞬見惚れそうになりながら、我に返ってミツイを睨んだ。
「何も」
「何もって……この手は何だよ」
 睨むその目も、生意気な口調もそそるなぁ、とミツイが思っていることなど、晃平は微塵も考えていない。
「気にしないで。触りたかったんだ」
 どこまでも自分勝手な男だ、と晃平は思って、ため息をつきながらその手を払いのけた。仕事だ。さっさと仕事をさせてしまおう。
「俺は本を探しに貴様を呼んだんだ。仕事をしろ」
「口が悪いなぁ。それじゃぁ女の子にもてないよ?」
「大きなお世話だ。本を探せ、本を」
 どんどん口が悪くなる晃平を、ますます好みだ、と思いながら、探せと言う言葉に弱いサービス担当の性にため息をつきつつ、何の本?とミツイは聞いた。
「そんなに昔の本じゃないんだ。でも、作者もタイトルも覚えてなくてさ、内容がちょっとわかるだけなんだ」
「結構。どんな内容?」
「えーと……、救世主が出てきて、飛行機乗りも出てきたような。その救世主がなんか救世主らしくなくてさ。たしか翻訳本だったと思うんだけど」
 端から説明等の苦手な晃平は、思いつくままに言葉を並べる。それをミツイはふむふむ、というように聞いていて、最後ににっこりと笑った。
「思い当たるのはこの本だね」
 そう言って、ベッドに放り投げていた鞄から、一冊の本を取り出した。晃平はそれを受け取って、ぱらぱらと中身を見る。
「著者はリチャード・バック。かもめのジョナサンで有名だね。これは「イリュージョン」というタイトルで、俺は文庫版をお薦めするよ」
「何で?」
「まず、持ち歩ける。これは持ち歩いても損のない本だ。それから、翻訳者、村上龍氏の解説がいい」
 晃平はもう一度、本の最後を見る。確かに、解説がついている。
「晃平が探していたのは確かにこれか?」
 もうこれに違いない、という自信満々の口調で、ミツイはそれでも義務だからと聞いた。
「うん。これだ。そうそう、いい言葉がいっぱいあったんだよな」
 晃平は本を捲りながら、頷いている。
「さて、この本はこの場で購入もできるが、メモだけしてあとで探すこともできる。それはそっちの自由だ。どうする?」
「うーん。買っても損はないよなぁ……文庫だし」
 晃平は少しだけ悩んだが、ミツイの持ち歩き論に賛成だったので、購入することにした。
「支払いはなんでもいいよ。―――身体でも」
 ミツイがそうにっこりと笑ったのを片目で睨みつつ、晃平は最後の言葉を無視して、現金を渡した。ミツイはそれを恨めしそうに見る。
「あーあ。終わっちゃったよ、仕事。はい、これがレシート。晃平、また呼べよ。きっとだからな。名前忘れるなよ、ミツイだからな。あ、お気に入りに登録するのを忘れるなよ」
 ミツイはそう言いながら、来たときと同じようにひゅっと音をさせて、消えていった。最後にウインクをしたように見えたのは気のせいだと、晃平は頭を振った。


*  web electro index  0203