0001  web electro index  0405


□Kouhei 02:http://sites.electro.xx
 翌日仕事から帰ってすぐに、晃平はパソコンを立ち上げると、web electroにアクセスをした。昨晩のことが、だんだん信じられなくなってきたのだ。でも確かに、履歴にindexページだけは残っている。ミツイに言われたとおり、ブックマークもしておいたから、そこにもきちんとアドレスはある。晃平は少し考えてから、検索窓にヨーゼフの名を入れた。
「ご利用ありがとうございます。探し方サービス担当、ヨーゼフです」
 同じようにひゅっと音をさせながら出てきたヨーゼフに、やはり、すぐに慣れるものではない、と晃平は思う。驚いた。
「おや、昨晩のお客様。早速のご利用ありがとうございます。今日はどんなお探し物でしょう?」
 ヨーゼフはあくまで丁寧だ。同じサービス担当なのに、なぜこんなにミツイとヨーゼフは違うのだろう、と晃平は思いながら、口を開いた。
「えーと、まず質問なんだけど、サイトの検索もできるのかな」
「えぇ、もちろん。サイト担当がおります。どのようなサイトかお分かりですか?」
 にっこりと笑うヨーゼフに、やはりいい男だ、などと晃平は思う。
「何か?」
「あ、ううん。ヨーゼフさんってカッコイイなぁと思って」
 晃平がそう言うと、ヨーゼフは思わず、といった感じの笑みを零した。この素直さ相手に、昨晩ミツイはどうしたのだろう。あれからまだコミニティでは会っていないのだ。
 確かに晃平は、素直でもあるが、天邪鬼でもある。ただヨーゼフは人当たりがいいから、晃平の天邪鬼な部分が出てこないだけだ。
「ありがとうございます」
「古本担当の人もかっこよかったけど、ヨーゼフさんの方が優しいし、仕事熱心だね」
「お褒めに預かり、光栄です。昨晩の古本担当、腕はまぁいいのですがねぇ……」
 ヨーゼフがそう言って様子を伺うと、晃平はどこか怒っている風だった。ただ、恥じらいは何もない。
 ―――これはミツイ、まだだな。
 ヨーゼフはそう確信して、心の中だけでくすくすと笑った。からかいネタが出来て、楽しいのだ。
「まぁね、本はすぐに見つかったけど。あぁそれでね、今回の探し物って言うのは……あ、ねぇ」
 晃平の悪いところは、すぐに話を逸らすことだ。分かっていても、疑問はすぐに口にしないと、落ち着かなくなってしまう。
「はい」
 ヨーゼフは、嫌な顔一つせずににっこりと笑う。それに気をよくして、晃平は話がずれたことなど気にせずに聞いた。
「例えばさ、エロサイトの検索とかするとするだろ?そういう時って、まさか女の子は出てこないよね?」
 ヨーゼフのような「カッコイイ」男でも、少し困る気がするが、可愛い女の子だったりしたら、やっぱり嫌だと思うのだ。
「はぁ……それがいい、と言う方もいらっしゃいますからね。女性サービス担当もいますよ。もちろん、ご希望に添って、男性サービス担当を呼ぶことも出来ますが」
 言われてみれば、まぁわからなくもないか、と晃平は思った。可愛い女の子が、卑猥な言葉を言うことそれ自体に、ドキドキしてもおかしくない。
 晃平が一人納得しているのを見ながら、ヨーゼフは内心にやにやしていた。ミツイだったら、ここで実践で気持ちよくしてやる、などと言って押し倒すところだ。
 危ないなぁ……と笑う。
「そちらが今回のお探し物ですか?」
 内心の笑いを隠して、ヨーゼフは顔色一つ変えずに、そういう。晃平はそのあっさりさに、まぁ男だったら、ネットをしていて一度くらい、そう言うサイトに行っていなきゃおかしいもんな、などと思う。
「いや、違うんだ。あ、ヨーゼフさん、コーヒーとか飲む?」
 思い出したように晃平がそう言って、ヨーゼフが一瞬戸惑う。
「昨日のミツイ?あいつが飲みたいとかいってさ、いれたんだよ。あいつにそんなサービスするのは嫌だけど、ヨーゼフさんがもし飲みたいなら……」
 突拍子も無いことを言う、とヨーゼフは思ったが、ミツイの魂胆は見えて、思わず苦笑した。仕事を長引かせていただこう、と言うところだったのだろうが、そうそう上手くはいかなかったらしい。それにしても、面白い。サービスは、こっちの売り物なのだ。
「お心遣いありがとうございます。でも、今回は遠慮させていただきます。また次回にでも、是非」
 そう言うと、そうか、忙しいもんね、と素直に晃平が頷く。それから、じゃぁ頼みます、と言って依頼内容を告げた。
「ちょっと気になってさ、この「思い出」とか「記憶」とかいうやつ。それでね、考えたんだけど、昔見た夢の記憶とかも探せるの?」
「はい。夢専門の担当がおりますので、そちらをお呼び致しましょう。詳しいことはその担当にお知らせ下さい。ご利用、ありがとうございます」
 ヨーゼフはそう丁寧にお辞儀をすると、にっこりと笑って消えていった。
 そのあとには、なんとも可愛い女の子が、人形のように動かずに立っていた。

□Kouhei 03:http://dream.electro.xx
「えっと……夢担当さん?」
 本当に、人形のように可愛らしく整った顔に、晃平は思わず顔を赤くしながら、恐る恐る聞いた。
「はい。夢サービス担当のミヤコと申します。この度はご利用、ありがとうございます」
 ミヤコはそう言うと、床に正座をして、深々と頭を下げた。晃平は慌てて、椅子を勧める。でも、ミヤコは正座の方が楽だといって、椅子には座らなかった。
 長い漆黒の髪はしっとりと揺れ、大きな瞳に長い睫が、本当に人形のようだった。肌は白く滑らかで、膝の上に置かれた指は細い。ぷっくりと赤い唇は、つやつやとしていた。
 やっぱりこの会社、見た目重視で人材を取っている、と晃平は思う。女の子の制服なのか、スーツと同じ色の青緑色のワンピースに、赤いスカーフを首に巻いている。ワンピースの丈は膝までなのに、座っているため、残念なことにその白くすらりとした足が見えない。
 可愛いなあ……
 晃平はすっかり魅入られたように、じっとそのミヤコを眺めていた。
「いつ頃の夢をお探しでしょう?」
 じっと見られていることにも動じずに、ミヤコがにっこりとそう笑って、晃平は慌てて状況を思い出した。
 ミヤコとしては、こういう状況は慣れていた。たいがいじっと見られるし、もちろん、言い寄ってくる男もいる。でも、サービスではない笑顔をする相手は、もういるのだ。それをわかっているだけで、ミヤコは満足していたし、サービス精神が失われることはなくなった。
 不思議だと、ミヤコは思う。たった一人の人間がいるだけなのだ。
「えっと、いつ頃かはわからないんだけど、そんなに小さい頃じゃないとは思う。何度も繰り返し見た夢で、海の中を泳いでいる夢なんだ」
 晃平は話しながらも、ちらちらとミヤコを見てしまう。触ったら冷たいんじゃないかと思うほど、白い肌だ。長い睫は、うっすらと陰を落としている。その瞳が、誰かに似ていると、ふと晃平は思ったが、誰なのかは思い出せなかった。
「何度も見た、海の中を泳ぐ夢、ですね」
 ミヤコはそう言うと、持っていた鞄から大きな本を取り出して、膝の上に置くと、ぱらぱらと捲りだした。
「あの、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
 ページを繰る手を止めずに、ミヤコが答える。その捲られているページを見ても、晃平には真っ白にしか見えなかった。
「その、夢を探し出してもらって、それを僕はどうやって受け取るのでしょう?」
 好奇心で夢の記憶なんてものを探し始めてしまったが、それをどうしていいのか、晃平には分からなかった。
 ミヤコは繰る手をふと止めて、ありました、と呟いた。この本は、各個人の夢の記録と言っていい。それぞれのクライアントごとの本があるのだ。晃平の本が大きくて厚いのは、たくさん夢を見ている、ということになる。といっても、クライアントはこの本を読むことは出来ない。Web electroの中でも、夢担当だけが、この本を読むことができるのだ。
 だから、夢担当になることに、ミヤコの兄は反対した。人の心の中を覗くようなもので、決して楽しいことではない、と。それは正しいと、ミヤコも思う。
 それでも、ミヤコは夢担当をやめようとは思わない。楽しい夢だってあるし、人々は往々にして、楽しい夢を探すのだから。
「お客様には、探し出した夢の記憶を体験していただくことになります。と言いましても、もう一度夢を見るのと同じことです」
「ここで?」
「はい」
 にっこりと、ミヤコが笑う。それから、普通は夢というものは短いですから、と付け加えた。
「もちろん、私どもサービス担当が引き揚げてからごゆっくりと体験していただけます」
 ミヤコのその言葉に、晃平はどうも「体験」の意味がわからなかった。もう一度夢を見る、と考えたほうがわかりやすい。
「夢ナンバー309番ですね。それではどうぞ、お楽しみ下さい」
 ミヤコはそう言うと、ご利用ありがとうございました、と丁寧に頭を下げて、消えてしまった。引き止める間もない。あっという間だ。晃平は呆気にとられて、ぼんやりとさっきまでミヤコがいた床を見つめた。
「帰っちゃったよ」
 呟きが、なんだか寂しい。さっきまで、確かにいたのに、まるで幻だったみたいだ、と晃平は思った。
 そう思った途端、ふいに視界が揺れて、辺り一面は海になっていた。視界が揺れたのは、水の中だったからなのかもしれない。そこを、晃平はゆらゆらと泳いだ。
 寂しい海だった。
 魚もいないし、海藻もない。うすぼんやりと日の光が届いているが、あたりは静まり返っている。そこを、晃平は泳いでいるのだ。ずっと、ずっと、先も見えない、寂しい海の中を、ただひたすらに。
 ああそうだ、これは寂しい夢だったんだ。
 そう思ったときには、晃平はもとの部屋にいた。なんだか長い間泳いでいた気がしたが、時計を見たら、五分も経っていない。
 これが、夢を体験する、ということなのだろうか。
 晃平はそう思いながら、パソコンを見ると、web electroのトップページが映っていた。
 何もかもが、不思議で、夢みたいだ、と思う。
 いやに馴れ馴れしいミツイも、かっこいいヨーゼフも、人形のような、ミヤコも。
 ――さっき見た、体験した、夢も。
 いや、あれは夢みたいなのではなくて夢なのだ、と晃平は考えたが、なんだかわからなくなってくる。確かに、あの夢を晃平は覚えていた。たしか中学生頃のことで、将来というものの不確実さに、あんな夢を見たのだろうと、今なら思う。
 あんな風に泳いだことが懐かしくて、最近になってときどき思い出していたのだが、どんな夢だったのか、はっきりしたことはわからなかったのだ。その夢を、今ならはっきりと思い出せた。
 夢を、確かに見たのだ。ではその夢をもたらしたのは、確かにミヤコだったのだろうか。
 ……一体、彼らは実在するのだろうか。
 確かに彼らと自分は話している。でも、その証拠と呼べるものは、パソコンの画面に残ったものや、体験した夢や、購入した本だけで、何とも頼りないものだった。
 晃平は、どうにも落ち着かなくなって、もう一度web electroのトップページにアクセスした。それから、少し考えて、古本をクリックする。天邪鬼な晃平は、ミツイの名を検索にかけることはしなかったが、どのみち、そんなことは関係なかった。
『前回ご利用いただいた時間から、24時間経っていないため、サービスをご提供できません。お客様の前回のご利用時間は……』
 と、今日の日付と、つい先ほどの時間が表示されたのだ。そういえば、注意書きに、一日一度と書いてあった、と思い出す。
 晃平は、白い画面に書かれた、その黒いそっけない文字たちを眺めながら、小さくため息をついた。
 
 

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