ゲーム
02
ゲームのルールは簡単だ。
まず、それぞれに誰を暗殺すればいいのか、任務が行く。参加者は、その任務を果たしていけばいい。暗殺道具はプラスチック製のダートガンで、目標に当たると、任務が成功したことになる。その後、暗殺者は自分が暗殺した相手の任務を引き継いで、自分の身も守りながら、次の任務を続ける。そうやって、最後に残った者が、勝者になるのだ。
普通は、時間も場所も制限して、ゲームをする。大きな屋敷の中や、森の中、先生たちはあまり言い顔をしないから、学校ではしない。でもサキの学校では、このゲームが流行ってさんざん遊ばれ尽くした頃、誰かが言い出したのだ。時間場所、無制限にしようと。
それはひどく心躍る提案で、誰もがその提案にのった。
そうして、ゲームは始まったのだ。
サキはノーマンを、慎重に狙っていた。
ノーマンは小柄だががっちりした体格で、少し臆病者の、気立ての良い奴だった。サキはあまり話したことはないが、嫌いなタイプではない。
「サキ!」
授業が終わると、ヨシュアはよく、サキをカフェに誘った。二人で他愛もない話をするだけなのだが、ヨシュアは他の誰の名でもなく、サキの名を呼ぶ。サキにはそれが、切なく、屈辱的で、それでも一緒にカフェに行ってしまう自分が、哀しかった。
昼間のヨシュアは、嘘のように優しい。まるで、夜の出来事は、全てサキの夢なのだとでも言うように。
そうであったら、どれだけいいだろう。
サキは、夜見るべき夢を、昼間見ているのだ。
ゲームは順調に進んでいるようで、幾人かの「暗殺された犠牲者」が見え隠れし始めていた。ゲームがいつ終わるか賭けた四人は、まだ参加者であるはずだ。
ゲームの勝者になるためには、サキのように慎重に、相手を狙い、自分の身を固めるのも一つの手だろう。玉が当りさえしなければ、ゲームから降りなくていいのだ。
ヨシュアは、少し危険なほどに、相手を撃ちにかかるタイプだ。守ることより、攻撃に主眼を置いている。キースは、手堅い攻撃で相手を倒していくタイプだ。多分、自分が狙われていることもわからずに、敵は倒されていく。クリスは、運に頼るタイプだろう。適当にしていても、運である程度のところまで残っていられる。
サキはいつも、あまり敵を撃たないうちに、撃たれることが多い。ただし、それでもゲーム半ばまで残っているのが常だ。
今回も、いつもと変わらずに、サキは慎重だった。
ゲームが始まって二日目。先生がいぶかしむほど教室には授業中も緊張感が漂っていた。ただし、普通は授業中にダートガンを取り出せるわけが無い。先生に怒られ、ゲームそのものが禁止されるに決まっているからだ。今回のゲームのスリルは、そのことによっても高められていた。先生や親に見つからないように、うまくゲームを終わらせる。それもまた、彼らの暗黙の使命の一つだった。
「なんだかあまりいい雲行きじゃないな」
キースのその言葉に、クリスが空を見上げる。天気のことを言っているのではないと分かっていてそういうことをするクリスが、キースには可笑しい。
空は夏と言う季節を裏切らずに、真っ青だ。
「なんで?」
「みんな、ゲームに集中しすぎてる」
それがどうして悪いんだ?という風に、クリスが片眉を上げる。キースはたいがい真面目すぎるのだ。
「だからこそ面白いんだろう」
「そうだけど、境目がなくなってきてる気がする」
「境目?」
「現実と、―――ゲームのね」
二人はまだ任務を持っている。それなのに、のんびりと寮への道を歩いていた。クリスはもとから人の気配には敏感で、キースはそれを良く分かっているから、クリスが近くにいる限り、誰が近づいてきてもわかるだろう、と高を括っているのだ。例えそれが、相手の敵でも、自分の暗殺者でも。
もし、クリスがキースを狙っていたり、キースがクリスを狙っていたとしても、それは問題にはならない。常に騙しあいのようなことをして遊んでいる二人には、日常だ。
「誰のこと言ってるの?」
クリスがさりげなく問い掛ける。キースは全体的な雰囲気のことを言ったつもりなのに、そんなことは先刻承知なのだ。
「誰だと思う」
「知らないよ」
クリスが俯き加減に微笑むのが見えて、よく言うよ、とキースは思った。そう言うことは、直感的にクリスにはわかるはずだ。
本当は、こんな風に楽しむほど、安易な状況ではないかもしれない、とキースはちらりと思うが、まだはっきりとはわからない。今のクラスの状況はどちらにしろ少し異常で、それがさらなる異常さを誘発しているとわかっているからだ。そしてそれが、さらに自分たちの興奮を増す原因となっている。
今のところ平和に―――というのも可笑しいが―――ゲームは進んでいる。それでもそのうち、何らかのけんかや事件が起こるかも知れない。
キースは元来のおせっかいで世話好きな性格から、そんなことを一人心配している。そんなキースを、クリスは半分呆れ顔で眺めていた。
「人の心配より、自分の心配しろよ」
「なんだよ。その口ぶりは、俺を狙っている奴を知ってるだろう?」
「さてね」
「ったく。勘だけはいいからなぁ。いいよな」
キースがそう言うと、クリスが笑った。
そう、だれかさんとは違って、勘はいいのだ。
自分に関することには、何も気づかないキース。
他人のことはあれだけ分かるくせに、どうして自分のことがわからないのか、クリスにはそのことが理解できない。
―――お前も苦労するな。
ヨシュアにそう言われたことを思い出す。どこか、寂しげな眸だった。この頃のヨシュアは、何か隠し事をしている。キースがそれに気付いているのかクリスにはわからないが、とても重要なことを隠している気がしてならない。
クリスと同じ思いを、ヨシュアが誰に抱いているのかは、たぶんクリスだけが知っている。クリスとは違って、その恋は、とても順調そうなのに。
ヨシュアはなぜ、あれほど切なそうなのだろう。
二日目の夜が終わる頃、残った者は半数ほどになっていた。
home モドル 01 * 03