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あふれ出る言葉など何の役にも立たない
02
海田から開放されて新入生の列に向かった芳明を、基一が手招きして呼んだ。どうやらそこが1年A組の列らしい。
「おまえ、有名人だったんだな」
基一のその言葉に、芳明は小さく笑った。バスケでちょっとね、というと、ふーんと感心される。
「ちょっとって感じじゃないけどな。あの海田統括直々にお声が掛かるとは」
「あの人、バスケ部の部長だからだろ」
「それだけじゃないんだよ。ここの運動部のトップに立ってんだよ、今は。つまり執行部の幹部。ついでに言えば、執行部の四神、四獣の一人だ」
「ししん?」
眉根を寄せると、基一は漢字を説明してくれた。
「で、それが朱雀、玄武、青龍、白虎の名を持つ幹部たちなんだ。結構前からあったおふざけの名称みたいだけど、実は古典の教師の陰謀だって説もある。陰謀は言いすぎだろうけど、まあ、自然と覚えるよな」
新入生にとって受験勉強はそれほど遠いものではない。その四獣が表すところを、芳明も忘れてはいなかった。確かに、お遊び要素が入れば覚えやすい。
「海田先輩は運動部のトップだから西の白虎。他にもなんか色々名称つけて遊んでるみたいだけど」
ふーん、と頷きながら、芳明は想像以上に人当りが良かった海田を思い出していた。九重の運動部はなかなか成績が良い。それに、大所帯だから、それをまとめるのはさぞかし大変だろう。それにしても、と芳明は目の前で椅子をまたいで後ろを向いている基一を見た。
「おまえ、新入生だよな?随分詳しくないか」
「そりゃあ、俺は報道部入部希望だからね。日ごろから情報収集には気い抜かないよ。あ、ちなみに今の報道部長が文化部トップで東の青龍」
「報道部?」
「入学希望者向けのパンフ、見なかったか?俺はあれ、面白いなーと思ってさ。それを書いたのが報道部」
「それが志望動機かよ」
「まあね。受けてみたら受かったし。全寮制なのも興味があったし」
どうやら印象通りの軽いノリらしい。芳明は思わずくっと笑った。
自分にしてみても、全寮制という一点において選んだようなものだから、同じようなものだ。いや、祖父の弁護士の薦めもあったと芳明は思い出した。九重が祖父の母校で、是非芳明に薦めてみてくれ、と言われていたのだと。
「木田は?バスケ関連?」
聞かれて、芳明は「そんなとこ」と曖昧に頷いた。
入学式入寮式も生徒会執行部の主催だということだが、もちろん校長や理事長の挨拶などはきちんとあり、式は厳かに進んでいった。何より、自主参加のはずの在校生達が静かに話を聞いている。それにつられるように、新入生も無駄口一つ叩かない。後ろに保護者と先輩達がいるということのプレッシャーをひしひしと感じざるを得なかったのだ。
その入学式が終わって保護者が帰ると、入れ違いのように残りの在校生達が入ってきて、入寮式が始まった。これには先生方も参加しないようで、先刻の厳かで緊張感漂う式とは打って変わってお祭りのようだった。まず、司会の口調が違い、その上生徒たちは話も聞くが野次も飛ばす。
「はい、じゃあこれから入寮式を始めます。先輩方の化けの皮はもう持たないから、新入生も安心して緊張は解いてね」
「持たねーのはおまえだろ」
「俺は最初から被ってないよ。必要ないからな」
司会の生徒のその声に、苦笑が漏れる。それを気にするようでもなく、それじゃあさっさと寮長決めをしよう、と司会がよく通る声で言う。
「ちなみにあれが今期の副会長の高原さん」
基一はいち早くこの雰囲気に慣れたのか、椅子を後ろに傾けながら芳明にそう言った。芳明はその椅子を押さえながら、ふーんと気のない返事をする。
「新入生にはちょっとだけ説明する。さっき引いたくじで、A組からF組の生徒は東寮、G組からL組の生徒は西寮で、二つ目の番号が部屋番号。百番代の数字が階数になってる。基本的に同学年が同じ部屋の住人になるけど、寮内ならトレードは両者の合意の下で許可。寮違いのときは、同じ学年の生徒とのみ、一週間以内なら許可になってるから覚えて置くように」
それから、寮長はこの間の選挙で二人決まっているから、その二人がこれからくじを引いて、東西の寮長にわかれる、というところまで説明して、はいあとはよろしく、と司会の生徒は壇上を降りてしまった。それと入れ違いに二人の生徒が壇上にあがって、先ほどのくじ引きの箱に手をいれて、テニスボールほどの大きさのボールを取り出した。
ガタイの良い生徒が白。すらりとした優しげな風貌の生徒が黒いボールを持っている。それに、後ろでどっと歓声が沸いて、一年生たちは思わず後ろを振り返った。
「と言うわけで、ラグビー部主将の大庭だ。西の奴らよろしく」
「深山です。よろしく」
それぞれの挨拶も聞こえているのかいないのか、拍手が鳴って、一年もつられたように手を叩いた。
「じゃあ、まず同室者探しな。西と東の101の奴、いるか?」
大庭に言われて手を挙げた二年生が二人、一年生が二人。その四人を西はこっち、東はこっち、というように手で示して、体育館の角に行くように促した。こんな風に一部屋ずつやってたら時間掛かるな、と芳明はため息をつきそうになったが、どうやら違うらしい。寮は六階まであるため、各階の1号室の生徒を中心に、フロアー毎に人を集めるようだ。
「よし、じゃあ各自のフロアーのところに行って相手を探すように。1号室の奴らの後に番号順に並べばすぐ見つかるだろ」
大庭のその声に、ざわざわと生徒たちが動き出す。芳明は三階の場所へ、基一はその隣の四階の集合場所へと別れた。
309と言うことは、前のほうか。そう思いながら芳明が前の方へ行くと、「309のひとー」という声が聞こえた。それに「俺だけど」と答えると、相手がにっこりと笑った。
「杉本 右(すぎもと ゆう)。右って書いてゆう、な。よろしく」
「木田芳明。こちらこそ」
右につられて思わず頬を緩めると、目の前の顔がさらに明るくなる。それが眩しくて、そんな顔がもう出来ない自分を思って、芳明は心の中で苦笑した。
「さて、無事相手は見つかったね?それじゃあ恒例の宝捜しを始めます」
相手探しの騒ぎが収まったところでマイクを手にしたのは東の寮長で、その声にまた上級生から歓声が上がる。
「くじ引きの次は宝捜し?変な学校だよなあ」
隣で右が面白そうな顔をしている。芳明としては早く部屋に入って落ち着きたかったのだが、どうやら入寮式はこれからが本番らしい。先輩方は異様に盛り上がっている。
「お宝は鍵。君達の部屋の鍵ね。つまり、見つからないと入れないってわけ。もちろん大事な鍵を隠すのは大変だから、部屋番号の書いてあるプレートが隠してある。黒地に白文字は東、白地に黒文字が西のプレートで、それを持ってここに来れば、鍵と交換する」
その説明を聞いていて、芳明はくらりと眩暈がするかと思った。見つかるまで休めないってことか……。
「もちろん、他人の部屋のプレートを見つけることもある。それは自分達の判断で上手く取り引きしてくれ。隠してある場所は、学校の敷地内。但し寮、職員室、事務室、保健室、第二運動場以外だ」
それに、上級生達のブーイングが上がる。曰く、広すぎる。
確かに、ここの敷地は半端じゃない、と芳明は思った。何しろ、校門から校舎が遠く見えたのだから。
「お前ら何人いると思ってるんだー?楽勝だろ」
関係ないだろう本人達寮長はそう笑ったが、一年生は呆気に取られているといったほうが良かった。何しろ、初めて学校に来た者がほとんどなのだ。ハンデがありすぎる。
ちなみに、と騒ぎ始めた生徒に深山が笑いかけた。
「期限は授業開始までの一週間。たっぷりあるだろ?」
それは、見つからなかったら野宿ってことか?と一年が真っ青になっていると、深山がくすくすと笑いながら続けた。
「まあ、見つからなかったら、誰かに頼み込んで泊めてもらうんだな」
そうは言っても。先輩の部屋に頼んで泊めてもらうなど、冗談じゃない、と一年生なら思う。この様子から行くと、思い切り遊ばれそうだ。
「よし、がんばろうぜ」
右はやる気満々だ。その隣で芳明は、なんだって祖父はこの学校に行くようにとあれほど勧めたのだろう、とため息をついていた。
「えらいことになったな」
解散、の声と共に「分かれた方が効率がいいだろう」と言って走っていった右を見送りながら、さてどうしたものか、とゆっくり歩き出した芳明に、基一が声をかけた。お祭り好きとは聞いていたが、初っ端からこれとはねー、と笑っている。
「同室の奴、どう?」
一緒になって歩き出した基一が聞いてきて、芳明は「いい奴なんじゃない?」と答えた。
「他人事みてーな口調だな」
実際、どんな人間が同室だろうとかまわないと芳明は思っていた。あまり、自分の邪魔をしないでいてくれれば。
「そっちは?」
「ん?気が合いそうな奴だよ」
基一の答えも自分の答えとあまり変わらない気がしたが、芳明は笑っただけだった。会ったばかりなのだ。わかるはずがない。でも、右のあの全開の笑顔は、とても悪い人間には見えない。
体育館の中にもまだ何人か生徒は残っていた。半分はこの宝捜しは関係ない執行部、半分は宝捜しをしている生徒だ。
「これ、見つからなくて先輩の部屋に泊めてもらうことになったら最悪だよな」
基一がそう呟く。呑気に構えている芳明は、その基一をちらりと見た。
「さっき先輩達が話してたんだけど。部屋掃除してもらおうとかさ、街まで買い物行ってもらおうとか言ってたぜ」
つまり、体のいい小間使いにされてしまうのだ。それで時間がなくなって余計にプレートが見つからなかったら、一週間はそれで過ごすと言うことになってしまう。
「俺たちが一番ハンデあるもんな」
芳明がそう呟くと、基一もそうそう、と頷いた。
一応は、入学案内ということで見取り図は貰っている。だが、それは大した助けにならないと芳明は思っていた。
ゆったりと歩きながら体育館を出ると、そこかしこで生徒が動いていた。これだけの人数が色々なところを物色しているのは、なかなかに面白い。
「なあ、プレートって何枚あるんだ?」
「えーと、東西合わせて680部屋あって、寮長分と予備部屋を抜かすと、670枚ってとこか?」
それだけ隠すのも大変だろう。そう思って、芳明は呆れたような顔をした。
「遊びには手を抜かないのがここの校風だからなあ」
それを気に入って基一はここに来たのだ。文句はない。ただ本人は、肉体労働より頭脳戦が得意なだけで。
ばたばたと足音がして、誰かが走ってくる。二人はまだ体育館と校舎を結ぶ通路にいて、慌ててその生徒を避けた。
「お、第一号、かな?」
基一はそう言って、ちょっと見てくる、とまた体育館のほうに戻ってしまった。芳明はその基一は放っておくことにして、校舎へ向かう。この機会だから、校舎見学をしてしまおうと思ったのだ。
そう考えれば、この宝捜しも少しは意味があるのかもしれない。
九重大付属高校の現校舎は卒業生の建築家が設計したものらしく、なかなか変わった形をしていた。四階建てで、真四角の四つの角それぞれに円がついていて、四角の真ん中はくり抜かれるようにして中庭になっている。四つの円のうち北西にあるのがL棟、北東にあるのがA棟と呼ばれる教室のある棟で、南西は事務棟、南東は食堂棟になっている。
芳明が今歩いているように体育館の通路から校舎に入ると、L棟と事務棟の真ん中の廊下、西玄関に出る。この西と東の真ん中は階段のために大きなスペースが取られていて、なかなか圧巻だ。その階段を後ろ手に振り返って、芳明が左手、L棟一階の方に歩いていくと、そこは三年の教室になっていた。階があがるにつれて下級生になるのだろう。
教室の前は小さな円形ホールのようになっていて、真ん中に柱がある。教室へのドアは一つしかなく、教室は扇形になっているのだとわかった。その教室のドアもしきりに開閉されて、生徒が出たり入ったりを繰り返している。
その三年の、GからL組の教室を横目に通り過ぎると、購買があった。まだ休みのようでシャッターは下りている。その裏手に通路が見えてぐるりと回ったところで、放送が入った。
「東の640号室、西の322号室、体育館の受付まで出頭すること」
出頭なんて穏やかじゃないな、などと思っていたら、基一がやってくるのが見えた。
「第一号はやっぱ三年。今の放送だとまた誰か見つけたな」
「じゃあ、さっきの二組は部屋に行けるってことか」
芳明が羨ましそうに言うと、基一が人差し指を立てて横に振った。
「世の中そう甘くないのよ、木田君。他人のプレートを見つけてはいどうぞ、なんて渡す?」
「……取り引きしろって言ってたな」
「なんだ、ちゃんと聞いてんじゃん。もちろん手伝わせるのさ」
なるほど、と思いながら芳明がこっちは?と指差すと、そっちは図書棟、と答えが返ってくる。なかなか便利な奴だ、と芳明は思った。
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