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あふれ出る言葉など何の役にも立たない

03
 二人は結局プレートを探すでもなく学校見学をして、何か飲もうとカフェテリアまでやって来た。そこでも生徒があちこち探し回っていて、あまり落ち着く雰囲気ではない。そこにふと基一が知った顔を見つけたのか、手を挙げた。
「よお、見つけた?」
 基一のその言葉に片眉を上げて笑ったのは、基一と同室の中屋圭一(なかや けいいち)だった。基一は芳明に圭一を紹介すると、やっぱり俺も何か飲もう、とカウンターに向かった。それに芳明が俺にもコーヒー、と声をかけると、振り向かないまま軽く手を挙げる。
「木田はどっち?」
「東。1−A、だったかな」
「寮は同じじゃん。俺は1−D。水野とは仲良いの?」
「うーん、入学式の前に会ったばっかりだけど」
 二人がそんな話をしていると、基一がコーヒーを手に戻ってきた。
「ところでお前らは何してたの?探してた?」
 圭一の言葉に笑ったのは、今度は基一だった。そんなわけがない、というその笑いに、俺ら二人とも探してないってことか……と圭一が面白そうに言う。
「気が合う、ね」
 と芳明は基一の言葉を思い出す。
「でも、俺は一応最初はちょっと参加してたぜ?でも人のばっか見つかるから面白くなくてさ。それも二三年のばっかり。先輩相手に取り引きするのも、思ったより大変だったし」
 やっぱりここの先輩方は一筋縄ではいかない、と圭一はこぼす。
「そう言えば、一年多いな。さすが先輩方はさっさと見つけてるってことか。コツでもあるっていうのかね」
 基一のその言葉に、芳明が周りを見渡すと、確かに一年らしき生徒が目に付いた。学年の区別は襟元の小さな学年章のみだから、実際にはわからないが、初日の初々しさはさすがに消えてはいない。自分達も新入生だと言うことは棚に上げて、三人はぐるりと辺りを見渡した。
「あ、木田っ」
 呼ばれて横を見た芳明の目に、右の姿が映る。右は隣の生徒に二言三言何かを言うと、芳明のところまでやって来た。今度は芳明を中心に、自己紹介をする。
「見つけた?」
 見つけたら呼び出しが掛かるのだからそんなことはないとわかっていながら芳明が言うと、右は座って優雅にお茶なんぞしている芳明を軽く睨んだ。
「木田は探してた?」
「一応校舎は回ったけどな」
 芳明がそう言うと、隣で基一が見学だろ見学、と自分も一緒だったことなど忘れたように言う。
「なんだよ、人がせっかく探してるって言うのに。駄賃にジュース買ってこい!」
 右はそう言って、テーブルに百円玉をばんっと置いた。芳明は笑いながらも立ち上がった。
「さっきの連中におごるって言われたんじゃないのか?」
「ああ、プレート見つけた先の先輩達なんだけど。なんか親切でさ。頼みもしないのに一緒に探してくれるし、さっきは一緒にお茶飲もうって言われたんだけど、やっぱ先輩って気い遣うじゃん?それでちょっと逃げてきた」
 右のその言葉に、後の三人がふいと考えこむ。
「……男でも造作が良いってのは得なもんだな」
 ぼそり、と圭一が呟く。そう言う本人もそれほど悪い顔かたちはしていないが、女受けはしても男受けする顔ではない。どちらかといえば、逆に疎まれるほうだ。
「え?なに?」
 低い声に右がそう聞き返したが、芳明が何がいいんだ?と聞いて右の関心はそちらに移った。結構歩き回って喉渇いてんだよね、コーラが良いな、の言葉に頷きながら、芳明はふと思いついたように右に問い掛けた。
「なあ、どれ位プレート見つけた?」
「俺、結構こう言うの得意で、五、六枚は見つけてるはず」
「それ、全部先輩?」
 芳明の言葉に、そう言えばそうかも、と右が呟いた。
 芳明は近くにいる生徒のバッチが一年であることを確かめて、見つけたプレートのことを訊いてみた。
「え?ああ。まだ二、三枚だけど」
「誰のだった?先輩の?」
「一枚は二年。二枚が三年の先輩」
 ふーん、ありがと。芳明がそう言ってテーブルに視線を戻すと、三人とも芳明を見ていた。
「おいおい、不穏な雰囲気だな」
 基一は言葉とは裏腹に、にやにやと笑う。圭一も、眉根を寄せている。
「どう言うことかなあ?」
 基一の楽しそうな口調に呆れつつ、芳明はさてね、と答えながらも何か考えているようだった。
「水野、情報収集が得意なんだよな?ちょっと今の進行状況なんてもんがわかるか?」
「やってみましょう」
 基一はそう言うと、すっと立ち上がってドアへと向かった。芳明がようやくジュースを買いに行き戻ってくると、右が「どう言うこと?」と聞いてきた。それに芳明は「水野が帰ってきたら」と答えて、冷めかけたコーヒーを飲む。
 正直言えば、芳明はあまり面白くなかった。自分が考えている通りなら、自分は全然探してもいないが、周りで楽しみつつも必死な同級生たちが可哀相だ。隣でコーラを美味しそうに飲んでいる自分の同室者も、だ。
 右がコーラを飲み終わる頃には基一が帰ってきて、「ビンゴ」とおどけたように言った。
「だから、何が?」
 右が待ってましたとばかりに聞く。芳明はそれにちょっと待て、と言いながら、基一に詳しい報告を促した。
「ちょっと内緒であのパソコンの中身を見たんだけど、もう半分ぐらいは見つかってる。ただし、一年は全滅。埋まってんのは二三年ばっかりだな」
 パソコンのデータを見たって……思っても見なかったことを言われて、芳明は思わず絶句した。そう言う方法で情報を手に入れてくるとは思わなかったのだ。どうやらずいぶん使える奴らしい。
「きーだー」
 右が隣で声を上げる。仲間はずれなのが気に入らないのだろう。
「だからさ、水野の言った通りだよ。未だに一年は誰一人として部屋の鍵を手に入れてないんだよ」
「なんかそれって……」
「ああ、多分。最初からないんだろうな」
 一年の部屋のプレートは、最初から隠されてなどいないのだ。もしくは、絶対に見つからないところにある。
「でも、まるっきり嘘って言うのもなあ」
 圭一がそう呟いて、他の三人も頷く。
「なんとなく、それはない気がするよな。あの先輩方だから、ちょーっと見つかりにくい所に隠したんだよ、とか言いそう」
 右がそう言って、ため息をついた。
「じゃあ、どこに隠されてるんだろうな」
 芳明の謎かけのような呟きに、確実なのは、と基一がにやけた顔のまま言った。
「先輩方が持っている、かな」
 だろうな、と芳明が言って、右が嘘だろう、と机に突っ伏した。それじゃあ、どれだけ校内を探しても見つからない。
「で、どうするよ?」
「そりゃあこのまま引き下がるわけにはいかないっしょ」
「まずは、俺たちの考えが当たっているか、だな」
 芳明の声に、でも時間がないぜ、と基一が言う。制限は一週間といえど、日暮れには一度、校内閉鎖のために捜索中止になるはずだ。
「予防線も張るさ。やるんだろ?」
 芳明がそう言うと、三人とも頷く。それから芳明は、簡単にこれからのことを説明した。


「おやおや、ばれたかな」
 突然聞こえた声に、パソコンの前にいた生徒は後ろを振り仰いだ。
「宮古先輩も、そう思います?」
 そう笑ったのは今期生徒会の書記の黒瀬 芳隆(くろせ よしたか)で、朝からパソコンにデータ入力ばかりしている目を瞬かせた。途切れなくプレートを持ってきていた生徒の数が減って、それでもちらほらといた生徒の波が途切れたところだった。プレートはまだ半分ほどしか見つかってない。
「それにしちゃあ誰も何も言ってこねーな。大方お前辺り、意地悪いとこに隠したんじゃないのか?」
 そう言いながらパソコンの画面を覗いたのは、海田広だった。プレート隠しは生徒会執行部員の仕事で、各人に割り当てられる。広報部長で文化部統括の宮古隆司に渡ったプレートを探し出さなくてはならない奴は不運だと、専らの噂だったのだ。
「全然。わかりやすーい所に隠したよ」
 そうは言っても、わかりやすいから余計に見つからない、ということもありえる筈だ。
「なに、ばれた?」
 人気がないことに気付いたのか、生徒会長の佐々野が身体をほぐすように動かしながらやって来た。一般生徒達がプレート探しに精を出している間、彼らは彼らなりに済ませなければならない仕事があるのだ。
「かもな、って話。まだ半分残ってるのにこの申告具合はちょい怪しいだろ」
「ああ、そうだな。でも、一年は何も言ってきてないんだ」
 そうなんです、と黒瀬が答えると、宮古が面白そうに目を細めた。
「今年の一年は面白いかもな」
 何しろ、楽しければいい、という宮古である。去年は気付いていた生徒がいたにもかかわらず、何も言わなかったせいで一年は最後まで騙されていたのだ。もちろん、騙すなんて人聞きの悪い、と先輩達は言うに違いない。
「ところで誰の隠したプレートが一番残ってんだ?」
「えーと……宮古先輩、次が高原先輩、あとは似たりよったりかな」
 先刻、わかりやすい、と言ったばかりの宮古だ。それに、海田がやっぱりな、と苦笑した。
「お前のせいで今回は掛け率悪かったんだぜ」
 二、三年の中では、誰のプレートが最後まで残るか、という賭けも行っていた。掛け金は恒例の食券で、今年は宮古に集中したことで参加者も少なかった。
「最後って言うのが癖もんじゃん。わかんないよ?」
 宮古はそう笑ったが、残りの三人は疑い深そうな顔をしていた。


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