0203  web electro index  0607


□Kouhei 04:http://old_books.electro.xx
 少しだけ考えて、まあおみくじみたいなものだ、と思いながら晃平は古本をクリックした。呼べといわれて、ミツイを呼ぶ晃平ではない。大当たりはもちろん可愛い女の子。ハズレは、ミツイだ。
 ひゅっと音を立てながら、人の形が出来上がっていくのを見て、晃平は思わず「げ、はずれた」と呟いた。
「――はずれたってどういうことだ?まったく、俺を呼べって言ったのに、つれないよなー晃平は」
 ミツイがぶつぶつそう言うが、晃平は小さく舌を出しただけだ。ハズレは、ハズレ。
「おまえさあ、人気者ってわりには呼んでない俺のときになんで出てくるの?」
 思わず晃平がそう言うと、ミツイが思い切り傷ついた目をする。
「冷たい。晃平、なんでおまえそんなに冷たいんだ?俺が晃平に会うために、息切らして駆けつけてんの、わからないかなあ」
 ミツイはそう言うが、少しも乱れていないスーツに、整った髪。どこが息を切らして、なのだろうと、晃平は呆れたようにため息をついた。
「それはそれはご苦労様。じゃあ早く仕事終わりにして、帰らせてあげよう」
 晃平が意地悪くそう言うと、ミツイがベッドにどさりと寝転がった。
「おい、全く。仕事しに来てるんだか、口説きに来てんだかわからないなあ」
 晃平がそう言うと、ミツイが顔だけ晃平の方に向けて、
「もちろん、口説きに来てるにきまってる」
 とのたまった。晃平は、ため息を隠せない。ミツイの変わらぬ派手なグリーンと青の中間のようなスーツが、晃平の青いベッドカバーに、どこか調和している。想像ではおかしいのに、見るときちんと調和しているのだ。
「そうやって、節操なしに何人の客を口説いてきたんだ?」
「節操なしって……ひどいな」
「そうだろう?競争してるんじゃないの?ライオネルと」
 晃平がそう聞くと、ミツイががばりと起き上がった。それから、ベッドからおりてきて、晃平の肩を勢い込んで掴む。
「ライオネルって、晃平会ったのか?あいつと」
「おい、離せよ」
「いつ呼んだんだ?!」
 ミツイは晃平の言葉など聞いていない。晃平は面白そうに、にやりと笑った。
「一昨日、かなあ。ちょっと探しもんの曲があって。クラッシックだったんだけどさあ。俺弱いんだよねー。助かったよ」
 晃平は、別にライオネルを気に入ったわけではない。そう言う意味なら、探し方サービス担当のヨーゼフの方がいい。もちろん、今の一番気になる相手は、ミヤコだ。
 なんといっても、ライオネルはこの目の前にいるミツイ同様、晃平を押し倒しかねない勢いで迫ってきたのだ。
「何も、されてないよな」
 ミツイの真剣な声がする。
「何もって……」
「確かめなきゃな」
 ミツイが独り言のように、そう呟く。晃平は少し怖くなって、恐る恐るミツイを見た。
 真剣だが、目がどこか妖しい。晃平は、墓穴を掘ったことを知る。
「ちょっ……ミツイ、落ち着けって。何もされてないよ」
「信じられないな。ライオネルはな、手だけは早いんだ」
 ミツイに言われたくないだろう、と晃平は思うが、そんなことは今は言えない。
「俺は、紳士的に迫るのが好きなんだ。すぐにどうこうしようとか、考えてない。でもな、あいつは違う。やるかやらないかが問題なんだ」
 やる、ね。と晃平は呟いて、天井を仰いだ。最終的な目的は一緒のようだから、二人はたいして変わりがない気もするのだが。
「ミーツイ。紳士的なのが好きなら離せよ。まじで何もされてねーって。今コーヒーでも淹れてくるから、ちょい待ってろ」
 ったく、仕方がない。晃平はそう呟きながら、キッチンへ向かった。
 二人とも、じゃれあっているだけなのだ。晃平がちょっと悪戯に含んだような言い方をしたから、ミツイもそれに答えて遊んでいる。そう言うのは嫌いではないが、そのまま流されたら冗談にもならない、と晃平は思う。
 振り向くと、ミツイは再びベッドに寝転んでいる。飛んできた、というのもあながち嘘ではないのかもしれない。晃平が仕事が終わって帰ってきて、夕食を軽く済ませたあとのこの時間、やはり疲れているのかもしれなかった。
「なあ、ちょっと質問してもいい?」
 コーヒーを渡しながらそう聞くと、ミツイは起き上がってにっこりと笑ってどうぞ、と言った。
「一日どれ位仕事してんの?」
 晃平は床に座って、ミツイを見上げた。
「きっちり八時間だよ。もちろん、最後のお客さんによって、残業ってこともあるけどな。休憩ももちろんある。二十四時間体制だから、三交代制だけど、まあいっぱいいるからな。上から渡されたシフトにそって働いてるってところか」
 ミツイはそう言うと、美味しそうにコーヒーを啜る。
「休み中に指名が入ったり、指名が重なったときは?」
「画面にそうでるよ。只今ビジー状態です。他の担当をお呼びになるか、時間を置いて検索してください」
 ミツイが、機械を真似た声をする。晃平は、ふーんと言って、パソコンを見た。
 世の中、知らないことがたくさんあるものだ、と思う。
「でもさあ、こんなに面白いサービスなのに、全然話題になってないだろ?どうして?」
 晃平は、今までこんなサービスがあることを聞いたことがなかった。大学時代には、ネットにやたら詳しい奴だっていたのだ。
「そりゃあね、俺たちは公共の場には絶対出られないし、サイトもそう簡単には見つけられないようになってる。例え晃平が友達にアドレスを教えても、そう言う方法では辿り着けないんだ。客が一人のときしか、俺たちは出られないしね」
「げ。襲いたい放題じゃん」
「そう、だからね、ライオネルには気をつけろよ。って言うより、呼ぶなよ、あいつを」
 ミツイがいいな、と言うように睨むので、晃平は取りあえず頷いておいた。
「まあ、本当は俺たちだって好き放題できるわけじゃないんだ。犯罪はもちろん起こしてはいけないし、サービスの向上を日々心がけなきゃならないしね」
 ミツイはそう言うが、その客の部屋で客の淹れたコーヒーを飲んでいるのだから説得力がない。大体、サービスなんて言葉をミツイが知っていること自体が、晃平には不思議だ。
「なあ、俺も質問していい?」
 自分はビールを飲んでいた晃平は、ミツイのその言葉に軽く頷いた。
「晃平、彼女は?」
「……それかよ」
「いない、よなあ」
 ミツイはカップを大きな手で弄びながら、にやりと笑った。
「お前なあ」
「いるの?」
 いないよなあ?と言うニュアンスを含められたら、晃平も素直には頷けない。誤魔化すようにビールを煽るが、面白くない顔をしないではいられなかった。
 べつに、彼女がいなかったわけではない。つい一ヶ月前に、自然消滅的に別れたのだ。たぶんどちらも、すごく好きだったわけではないのだろう。始まったのも何となくなら、別れたのもいつのまにか、だった。
 二人とも、淋しがり屋だったのかもしれない、と晃平は今は思い始めている。それで、寄り添うように付き合ってみたが、情熱のない恋愛は続かなかった。
 淋しさは、なくなっていない。別れてしまって、彼女とどこかに出かけたり、電話で話したりすることがなくなってしまった、そういう淋しさ。
「まあいいだろ?俺がいるし」
 ミツイがそう甘く目を細めた。晃平は、呆れたようなため息をつくしかない。
「お前がいてもしょうがないだろ。ミヤコちゃんならなあ……」
「ミヤコ?」
 ミツイが片眉を上げる、その仕草もかっこいいところが、厭味だなあと晃平は思う。ミツイなら、淋しがることはないんじゃないだろうか。
「ミヤコって、夢担当のミヤコか?」
「そう、知ってるんだ」
 晃平は缶ビール一本で酔い始めたのか、少しとろんとした目をしている。ミツイはそれを、楽しそうに見ている。いや、美味しそうだと。
 ここのところ、忙しくて誰ともセックスをしていないミツイには、目の毒だった。晃平には言っていないが、ミツイはバイだ。仕事仲間とは面倒がありそうで、そういう関係は持っていないが、ときどきそれを目的に呼び出してくれる客もいる。最近は、その呼び出しのタイミングに合わないことが多い。本当に、運に近い、とミツイは思う。
 さっきも、晃平が古本担当を呼び出したとわかって、帰ってきたばかりだったのに、行きます、と飛び出したのだった。それなのに、晃平は冷たい。
 触りたいなあ。
 ミツイはため息をついた。冷めたコーヒーは、もう手を温めてはくれない。その点、晃平の肌はとても温かそうだった。
「触っちゃ駄目かなあ」
 ミツイは思わず呟いたが、晃平は聞こえなかったのか、何も言わない。ふと見ると、机に寄りかかって眠っていた。その勝気な目が隠れて幸せそうな顔に、ミツイは思わず見入って、呟いた。
「これって……据え膳って言わないか?」


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 最初はひどく気持ちよく、それから少しずつ、背筋がむずむずするような感じを覚えて、晃平は思わず声を漏らした。なんだか久しぶりの感覚だ。そう言えば、ご無沙汰だったなあと思う。
 付き合っていた彼女と、抱き合わなかったわけではない。平均的な欲望はあるだろうと思っているし、だから彼女と別れた後は、一人寂しく処理していたのだ。それとは違う、他人の手の感触。なんだか大きくて、気持ちがいい。
 ――大きくて?
 晃平は思わずがばりと起き上がった。と、その目の前に、ミツイの整った顔がにっこりと笑って、残念そうに呟いた。
「起きちゃった」
 晃平は状況を把握しようと、必死に記憶を探りつつ、視線を下へと落とした。
 ――ネットをしていて、ミツイを呼び出して、酒飲んで……
 「うわっ」と声を上げた晃平を見て、ミツイが惜しかったなあと言いながらくすくすと笑っている。
「お前っ何したんだよっ……って言うか、何もしてねーだろうなっ?!」
 シャツを捲り上げられて、ズボンのボタンが外れている、という自分を見て、晃平が叫んだ。ミツイはにやにやと笑っている。
「おいっ、笑ってんなっー」
 慌てて服を調えて、晃平がミツイを睨みつける。
「晃平が悪いんじゃないか。俺も恥じかきたくないしね」
 据え膳食わぬは……である。確かに、こんな男の前で眠りこける自分も自分だ、と晃平は思ったが、だからと言ってすぐに納得するわけがなかった。
「恥じかくのは俺だろっ。くそー、何もしてないよな?」
 な?と何度も晃平が確かめるために、ミツイはため息をつきつつ、残念ながら、と言った。
「されてたら、自分でわかるだろう?あーあ。あんないい声出してたのになあ」
 ミツイは本当に残念そうにそう言いながら首を振ったが、晃平はふと思い出して、突然恥ずかしくなった。確かに、触られただけで、喘いでいた気がする。
「がーっ。つまりはしたんだろうがっ」
「してないよ。あー言うのはしたうちに入らないだろ」
「触っただろー」
「気持ちよかった?」
 わざとらしくにやりと笑うミツイに、晃平はとりあえずぶんぶんっと音がするかと思うような勢いで首を横に振った。
「わけねーだろっ。あーっもう、てめえは出入り禁止だ」
 晃平のその言葉に、ミツイはさすがに慌てた。何と言っても、コンタクトは晃平からしかとれないのだ。晃平が呼ばなかったら、ミツイは出てくることは出来ない。
「わかった、悪かった。……ちょっとからかいすぎた」
 触りたかったのは、本当だ。からかったわけではなく、晃平を触りたくて、泣かせたくて――ミツイは、大きく息を吸った。
「本当に、悪かったよ」
 その言葉に晃平は、疑い深そうにミツイを見ていたが、もうするなよな、とだけ言って、キッチンでコーヒーを淹れてきた。
「なんかお前が仕事で来てるって、俺忘れてるよなあ」
 欠伸をしながら晃平がそう言うと、だから晃平のところへ来たくなるのだと、ミツイは思った。たぶんきっと、誰に対しても飾らない晃平は、ミツイを安心させる。無理してでも出てきたいと思うのは、そのせいだろう。
「というわけで、仕事をしてもらおう」
「今日はどんな本を?」
「んー……今日は別に決まってないんだ。何かお薦めがないかと思って」
「お薦めか……」
「小説じゃなくて、エッセイ系の話が読みたいんだよね」
 仕事の話をするとき、ミツイは意識しているのかいないのか、背筋を伸ばす。
「感覚的なものでもいいんだけど、こんなのが読みたいっていうのない?」
「うーん。辛口じゃなくて、日常っぽくて、でもスケールを感じるって言うかなあ。それから、「痛い」系のもやだな」
 難しいが、そう言うほうが燃えるのがサービス担当だ。ミツイはしばらく考えて、自分の鞄を引き寄せた。考え込む目は真剣で、晃平は思わず視線を逸らした。
「とりあえず、こんなところかな」
 表情とは違う軽い調子で、ミツイはそう言った。鞄から出されたのは、いくつかの文庫本だった。晃平はそれぞれ手にとって、表紙を眺めた。
 本は全部で四冊。『村上龍 全エッセイ1982−1986』『ゆらゆらとユーコン』『日本の川を旅する』『ルーカス・クラナッハの飼い主は旅行が好き』と題名だけでもさまざまだ。
「この二冊、『ゆらゆらとユーコン』『日本の川を旅する』は同じ著者、カヌーイストと言われる野田知佑氏のものだが、男らしい著者になかなかすっとする本だ。スケールと言う点では、まだまだ世界は広い、と思わせる。それから村上氏のエッセイは、この本の中の「水に遊ぶ、水に学ぶ」がお薦めだ。ちょっと羨ましいくらい、遊びに夢中になっている。最後の本は銅版画家の山本容子氏の著者で、どちらかと言うと女性向きかもしれないが、ときどき出てくる著者の旦那さんがスマートでかっこいい。男が読んで参考にするのもいいんじゃないかと思うね。もちろん、彼女の旅行中の視点も面白いものがある」
 一冊一冊を持ち上げながらそう説明するミツイの話を、晃平は驚きながら聞いていた。
「全部読んでんの?」
「ん?本をか?まあ、人よりは多く読んでるだろうな」
 本担当はみんなそうだから、ミツイにしてみれば珍しいことでもない。特にお薦めとなれば、なるべく自分が読んだ本を紹介したいものだ。
 なんだかんだとふざけているが、やはりミツイは優秀なサービス担当なのだ、と晃平は感心した。その仕事熱心さに、少しだけ嫉妬を覚えるほどに。
 晃平は、今の自分の仕事について悩んでいる。つきたかった住宅関係の仕事には恵まれたが、あんなマニュアルに縛られた営業をやりたかったわけではない。客を諦めさせていくのではなく、満足させていく、そんな仕事がしたかったのだ。
 ミツイはとても楽しそうに仕事をする。それが、晃平には羨ましくて仕方がなかった。


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