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蜜と毒


2
京梧は裕貴を残酷だと思う。
裕貴が自分との関係に何を望んで、何を望まないか分かっているつもりだった。分かっているつもりで、自分もその裕貴と同じだと思っていた。
ごまかしは、ごまかしでしかない。
真実があると言うのならば、蔓延しているのは嘘だった。
幼い頃に、わがままを言って買ってもらったおもちゃを壊したことがある。京梧はそれを、「おもちゃが勝手に落ちて壊れた」と、子供らしい嘘で通した。そんなはずがないと言われても、それでもそうだったのだと、何度も訴えた。
繰り返しているうちに、それは京梧の中で真実となる。本当にその目で、おもちゃが落ちた様子を見たと思う。勝手に動いて。京梧はその傍に立ちながら、それを見ているだけだ。決して手など触れずに、まるで飛び降りるようにおもちゃが落ちていったのだ。
怒られるのが怖かったのかもしれない。大切なものを壊したことを認めるのが嫌だったのかもしれない。自分がそんな、怖い存在でいることが。
その時のように、京梧は嘘を繰り返す。
何度も何度も、それが真実になるまで。
でも、繰り返す度にその嘘は、嘘であることを突きつけてきていた。嘘の裏の真実があることを、確認させられる。
嘘は、嘘でしかない。
どうしても真実にならないその嘘を、京梧はもてあましていた。
京梧と裕貴が会うのは、一週間に一度ほどの割合だった。ときどき京梧が裕貴の家を訪ね、ときどき裕貴が京梧を誘った。
その関係をどう言葉にして良いのか、京梧にも裕貴にも分からなかった。性欲の処理ならば、何も男同士で抱き合わなくても良かった。京梧は短大生と付き合ったこともあるし、彼女はいまでも声をかければきっと京梧に抱かれることを拒まない。実際、京梧は思い出したように、そうして女と抱き合った。
確かめて安心しているのか。
自分が誰を抱くときに一番感じるのか、京梧はその度に思い知らされる。強暴なほど欲しくなるのは、誰なのか。
それでも、女を抱くことで安心している。
裕貴を抱くのは、背徳の行為の所為なのだと。その禁忌の甘さが、京梧を誘うのだと。
それはきっと真実だ。
京梧は呟く。
それはきっと、真実だ。


裕貴にはわからないことがある。
初めて二人で抱き合ったとき、裕貴は無理矢理京梧を抱いた。一瞬の視線の交叉の後、裕貴は京梧を組み敷いた。
なぜあの時、京梧は抵抗しなかったのか。
それがわからなかった。
何も伝えなかった。
裕貴は京梧を抱きたかったわけではなく、でも、二人の間に欲望が渦巻いていたのは確かだった。それはぎりぎりのところで保たれていて、何かのきっかけさえあれば、その均衡は破られるだろうことは分かっていた。ささいなきっかけでよかった。たとえば、視線が絡み合うような。そうして一度だけ、裕貴は京梧を犯した。京梧はそれを当然のように受けとめ、二人の間に快楽のない初めての性交が成り立った。
裕貴にとって、あれは儀式だった。はじめにしなければいけない、儀式だった。
そうすることで、安心できた。何に対して安心したのかは、裕貴は考えることを止めていた。ただ脅迫されるようにそう思っていたのだ。それは、しばらくの間小さな儀式として続いた。
抱き合う時に、必ず裕貴が先に京梧に触れ、ときには舐めた。そうやって、儀式は受け継がれた。
京梧は何も言わない。
されるがままになり、最近は必ず、泣けるほどの優しさで裕貴を抱いた。その優しさは裕貴を犯し続け、緩やかに深みへと堕としていった。
そのことが意味していることを、裕貴は無視することが出来なかった。
ひどく矛盾した行為を、二人は繰り返していた。そろそろ限界だった。
京梧が最初の儀式を理解したのかは分からない。でも、最初の行為の後、京梧はごく自然に裕貴を抱いた。裕貴が抱いたときとは違う、明らかな快楽が二人の間にあった。
「ユーキ……」
囁く言葉は甘い。その名で呼ばれると、違う誰かになったような気がした。時には女の匂いをさせて抱きにくる京梧を、裕貴はそれに安心したように迎え入れた。
はじめから、矛盾があったのだ。
最初の儀式も、それに続いて行われたことも、無意味なことでしかなかったのだ。


夏の教室は暑い。
私学だと言うのにクーラーもついていないこの学校は、進学率の高さと、寄せ集められた優秀な選手達による運動部の活躍で、人気はあった。
裕貴が補習を終えて、窓の少ない所為で教室より暑い資料室に行くと、京梧が気持ち良さそうに風に吹かれていた。この間合鍵は没収したのに、何本も作っていたのだろうか。
ほとんど唯一の窓からは、心地よい風が入ってくる。大きいその窓から風さえ入ってくれば、暑さも軽減された。
「何本持ってるんだ」
「……さぁ」
ぎっと音を立てて寄りかかっていた椅子から身を起こすと、京梧は熱っぽい目で裕貴を見た。じっと値踏みされるようなその視線は、湿度の高い夏の空気より、ねっとりと裕貴を絡み取った。
ひどく強暴な獣が目の前にいる気がした。
「ドアの鍵、閉めなよ」
「なんでだ」
裕貴の問いに、京梧は立ち上がってくすりと笑う。そのままドアの近くにいた裕貴の目の前に立って、耳元に口を寄せた。
「誰か来たらまずいでしょ?」
そう言って、かちゃりと鍵を回す音が聞こえた。窓からは、蝉のけたたましい鳴き声が、聞こえていた。
限界が訪れ、全ての矛盾が壊れる音を、裕貴は聞いた。







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