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蜜と毒


3
「学校ではやらないと言っただろう?」
裕貴は極めて冷静な振りをしてそう笑った。その顔がいやに扇情的なことを、裕貴自身分かっていた。
自分が求めていることが、分からない。冷たいセリフを吐いて、壊してほしいのか。それとも、本当にそう思っているのか。
学校と言う空間で抱き合うことの意味が、重かった。
京梧の中では、それによって裕貴の全てを手に入れたと思うだろう。でも、裕貴にとっては、自分の気持ちを誤魔化すための、最後の砦だった。
こんな風に守らなければ、遊びだという気持ちを表面上でも保っていられない。
「先生って、聖職だと思ってんの」
京梧の目は欲情している。自然にそうなったのか、意識してそうしているのかは、裕貴には分からなかった。
分からないことだらけだ。でも、答えを知ることの方が怖い。
「嫌なんだよ。このご時世に新しい就職先を見つけられると思うか?」
ねっとりと首筋に回された指を払って、裕貴は窓に近寄った。蝉の声が耳について仕方がなかった。窓を閉めようかとも思ったが、あまりの暑さがそれを躊躇させた。
後ろから抱きしめられ、首筋に唇を押し当てられる。腰のあたりには、はっきりとした京梧の欲望を感じた。
「はじめに俺を犯したのは先生だろ」
京梧は小さな声でそう言った。その声も、刺激になる。何度も裕貴を抱いた京梧は、どうしたらその声が効果的に裕貴の身を震わせるか知っているし、裕貴はその声が何を促したいのかを知っている。執拗な京梧の愛撫に、裕貴は身を捩って逃げようとした。
「あぁそうだよ。だから困るんじゃないか。俺には教員免許ぐらいしか飯の種がない」
京梧の腕がふと緩められて、裕貴は逃げ出そうとした。でもそれを待っていたかのように、京梧はその腕を掴んで、押し倒した。
「壊してやるよ。その事実を壊してやる」
床はひんやりとして気持ちが良かった。京梧は裕貴に馬乗りになって、両腕を掴んで自由を奪っていた。裕貴の両腕は頭の上で、一まとめに掴まれた。
京梧は、儀式の意味を理解していたのだ。そしてその無意味な儀式に縋る裕貴を、犯すのだ。
「先生が俺を犯した証拠なんて何もない」
京梧はそう、囁いた。それから腕を掴んでいない手で乱暴にズボンのチャックを下ろし、裕貴のズボンの前も開ける。それから力ずくで裕貴をうつ伏せにさせ、そのまま挿入した。
「……うぁっ」
あまりの痛みに、裕貴はうめいた。何の準備もしていないそこは、ただ苦痛しかなかった。京梧は痛がる裕貴を無視して、何度も腰を打ちつけて果てた。手が解放され、京梧の重みが離れた後も、身体が引き攣れるような痛みは引かず、裕貴はぐったりと床に横になったままだった。
こんな風に抱かれたことはなかった。
でも、苦痛の中で見えた京梧の表情は、ひどく悲しそうだった。
何故、こんなことをさせるのかと、裕貴を責めているようでもあった。閉じた目は、涙を隠すようでもあって、裕貴の苦痛が増した。身体的な痛み以上のものを感じて、裕貴はきつく目を閉じた。
京梧はゆっくりと制服を整えると、本棚の上からビデオカメラをおろした。その電源を切ってから、それをまだうつ伏せのままの裕貴の前に持っていった。
「……何を考えてる」
裕貴はビデオを取り上げようとしたが、京梧がふいとそれを持ったまま立ちあがったから、裕貴の手にカメラは届かない。
京梧は裕貴よりずっと巧妙なやり方で儀式を済ませ、その証拠まで手に入れたのだ。小さな声を出していたのも、このためだったのだ。
「京梧……」
裕貴は仰向けになり、学校では絶対に呼ばなかった京梧の名を口にした。手を伸ばし、口付けをねだる。京梧は笑ってその手に捕まるままになり、二人は長い深い口付けを交わした。
「お前だけいくのはずるいだろう」
裕貴はまだ京梧に罪を着せることを恐れていた。誘ったのは自分だと言う証拠は残らないのに、そのことに固執する。京梧はそれに付き合うことを拒まなかった。
それで裕貴が満足するならそれで良い。そのことでは、もう裕貴は京梧を縛れない。
身体はきついはずなのに、裕貴は巧みに京梧を誘った。濡れたような目で艶やかに笑い、細い指を髪に絡ませながら、京梧の首筋を唇で舐め上げて行く。手はするりと降りていき、制服の上から京梧を撫で上げた。くすくすと笑いながら、囁く。
「今度はちゃんと濡らせよ」
自分の腰も押しつけて、裕貴は欲望を示した。
「意味ないぜ、こんなの」
「何の意味だよ」
「俺は証拠を持ってる」
「意味ないな」
裕貴は京梧を椅子に座らせ、自分はその京梧を口に含んだ。温かな口内の感触に、京梧は息を詰めた。どこまでも煽るように、舌が動く。
「あんなもの、意味がない」
絞るように舐め上げて、裕貴が言った。見上げる瞳が、誘うように揺れる。その微笑を絶やさぬままに、裕貴は京梧に跨り、自らの腰を落とした。
「んっ……」
仰け反る喉が白い。京梧はさらりと揺れる髪に誘われるように、裕貴の腰を掴んだ。
「あ、はぁ、あ、んっ……ん、あっ」
裕貴は執拗に喘ぐ。性を売ることを生業にしているようなその声は、京梧に学校にいることを忘れさせようとした。
きつく肩を掴んで、裕貴は自ら腰を揺らす。湿りきった音が響いて、二人を狂わせた。椅子のぎしぎしとなる音が、激しさを二人に認識させる。
京梧は動かなかった。
挿入しているのは京梧なのに、腰を揺らし続けて犯しているのは裕貴だった。腰に添えた手さえも、支えとなるだけで動かすことを強制してはいなかった。
無意味だった。
京梧のビデオも、裕貴がこうして京梧を犯すように抱かれることも、なにもかも、本当は無意味で、馬鹿らしいことだった。
二人はそんなものに、縋っていた。
夏の直視できないほどの光と、絡みついて離れないような空気は、二人にそれが神聖な行為のように、錯覚させた。







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