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あふれ出る言葉など何の役にも立たない
04
それにしてもなんか良かった、と右が笑って、芳明は外へ向けていた顔をその右のほうに向けた。相変わらず、プレート探しはしていない。計画を立てた時点で、俺の仕事は終わり、と宣言してしまったのだ。右は反対に、プレート探しに燃えている。どちらにしろ、プレートをたくさん持っているほうがいいのだ。
「何が?」
「うん、なんか木田ってちょっととっつきにくいかも、って思ってたからさ。安心した」
何をどう見て第一印象を変えたのか芳明にはわからなかったが、ふーん、と気のない返事を返した。それから、また外を見る。日はだいぶ傾いてきているが、生徒たちはまだ、広い校庭をうろうろと彷徨っている。それもそろそろ、終わりだ。
右は手伝わない芳明に文句を言うでもなく、色々なところを覗き込んでいる。言っても無駄だと思っているのか、ただ関心がないのかわからないが、芳明には丁度良かった。柄にもなく悪知恵を働かせて動いたものだから、もう何もやる気がないのだ。後のことは、右や基一、圭一がやるだろうと、プレート探しはもう完全に自分とは関係ないことのように思っている。
ゆっくりしたいのに、初日からこんな大騒ぎだとは思いも寄らなかった。
「時間だね。行く?」
本日終了の放送が入って、ぼんやりと校庭を眺める芳明に声をかけながら右が立ち上がった。すらりとした体躯に、綺麗な顔がのっている。男に綺麗も変だが、それぐらいしか芳明には思いつかなかった。潔く、シンプルに、綺麗といってしまうのが一番似合っている気がした。笑っていないと冷たくも見えるその顔が、一度笑うとひどく優しくて、それが人を惹きつけるのだろう。宝捜しの最中に、ずいぶん知り合いを作ったようだった。
芳明はめんどくさそうに頷いて立ち上がると、右の後に教室を出た。体育館への通路で、基一と圭一に会って、どうだ?と聞かれた芳明は、結構見つかったみたいだぞ、と答えた。
「なんだ、本当にあれで仕事終わりって、探さなかったのか」
基一が、呆れた声で言う。
「俺にしてはあれでも働きすぎだな」
そう言うと、肩を竦められた。
「なんか人口密度高いな」
体育館に入ると、自分達の部屋のプレートが見つかっていない生徒に混ざって、既に入寮を済ませた先輩達もいるようだった。これからが見せものなのかもしれない、と芳明は他人事のように思った。本当に、もう口を動かすのも嫌なのだ。あとは任せた、と基一に言うと、変な顔をされた。
「美味しいところをくれるっての?」
「俺、好き嫌い激しくて。こういうのはきのこ類の次に嫌い」
「何?木田ってきのこ嫌いなの?」
「あの胞子で増えるってのが駄目なんだよ」
変なの、と右に笑われて、なんだか今日は自分はすいぶん良く喋ると芳明は思った。それは多分、芳明の遠まわしだったり皮肉ってみたりする物言いに、基一や右や圭一が的確に、それも素早く返してくれるからだろう。それに、あの家を出たことが自分をずいぶん解放しているのかもしれない、と芳明は思った。
「最後に見つけて、プレート持ってる奴いる?」
黒瀬の声に、一年がばらばらと手を挙げる。最後に見つけて、というには多い人数に、先輩たちから「隠し持つなおまえら」とブーイングが出た。
「なんですぐに引き換えに来なかったんだ?」
「取り引き、していいんですよね?」
黒瀬の声に答えたのは、基一だった。一年の大半には、一年のプレートは見つからない、だからプレートを見つけても鍵と交換に行かないように、と話してはあったが、それ以上の詳しい話はしていられなかったのだ。
「どんな取り引きだ?」
先輩の声に、基一がにやりと笑う。その余裕のある顔を、やっぱり適材適所だな、と芳明は眺めた。基一なら、先輩達と取り引きするのも、楽しむくらいで怖がらないだろうと思ったのだ。自分も別に怖いとは思わないが、面倒は嫌いなのだ。
「先輩方が大事に隠し持ってる新入生のプレートと交換、ってことで」
基一の言葉に、二、三年が反応するより早く、一年からブーイングの声があがった。
「なんだよー。最初から隠してないのか?騙されたっ」
「騙したなんて人聞きが悪いな。プレートはちゃんと隠してあったよ」
黒瀬が笑いながら言ったその言葉に、先輩のポケットの中にね、と基一が付け足す。
「律儀に寮の中には入らないようにしてたことを考えると、先輩の言ったことは確かに間違ってませんけどね」
圭一がそう肩を竦めると、二、三年はがっくりと肩を落とした。芳明に寮を見張ってみろ、と言われてこっそりと覗いたのが圭一だった。一年のプレートを持っている生徒は、寮の中に入らないか、または誰か他のまだ外にいる生徒に渡していたのだ。
「なんでそこまでばれてるわけ?」
「一年の分全部を隠し持ってるからですよ。半分くらいにされてたら、俺達だって気付かなかった」
基一のその言葉に、生徒会長の佐々野が苦笑した。
「俺達はそんな意地悪じゃないさ。なんと言っても新入生の歓迎行事なんだから」
毎年行われるこの宝捜しは、新入生に学校内見学をしてもらうと共に、同室者はもちろん、同級生、上級生と知り合ってもらう手っ取り早い方法として行われているのであって、プレートを見つけることははっきり言えばどうでもいいのだ。
それともう一つ、上手くいけば、生徒会執行部、並びに新入生たちは良い成果が得られることがある。例えば、今回のように。
「じゃあ、プレート持ってる一年はこっちに並んで。番号読み上げるから。上級生、ちゃんと聞いてろよ」
佐々野がそう言って、隣の二年生にマイクを持たせる。その生徒は並んだ一年の持っているプレートを順番に読み上げていった。芳明たちがわりと上手く情報を伝えていったために、かなりの数のプレートを一年が隠し持っていたことがわかる。
「なんか、今年は豊作?」
宮古の言葉に、それがプレートのことではなく、新入生のことだとわかって、佐々野は「そうらしいな」とほっとしたように頷いた。
「それで、どうして俺たちのがないかなー」
プレート交換も終わりかけたころ、そう叫んだのは基一だった。最初から、自分達が取り引きする先輩達が、自分の部屋のプレートを持っているとは限らないことなどわかっていた。でも、プレートの数からいって、一年生の半分近くが鍵を手に入れられたのだ。それだというのに。
肝心の基一、圭一部屋、芳明、右部屋のプレートは出てこなかったのだ。
「何か俺たち、働き損?」
そう言った、基一の気持ちもわからないではなかったが、でも一年の部屋に泊めてもらえるよ、と右が慰める。そこに、大丈夫だよ、と宮古が声をかけた。基一は報道部長の出現に、情けない顔を無意識のように引き締めた。
「大丈夫って、どういうことですか?」
芳明が不思議そうにそう聞くと、宮古がにっこりと笑う。
「どうせ今日は寝かせてもらえないから」
それに、みんなが唖然とした顔をする。まだ、何かあるというのだろうか。
「おーい、飯の時間だ。みんな各寮に戻れ」
ざわざわとまだ騒いでいた生徒たちにそう声がかけられて、そう言えばおなかがすいた、と生徒たちはぞろぞろと寮に向かった。
寮では今日は歓迎会ということで、豪華料理が並んでいた。普通は決められた時間内に来て食べればいいのだが、今日は特別だ。
「さっき挨拶したけど、もう一回な。俺が寮長の深山。よろしく。これからフロア長を呼ぶから、呼ばれた奴は前に出て」
寮の食堂は今日はテーブルと椅子が避けられて、ビュッフェ形式になっていた。皿とコップ、フォークは入り口で渡される。
「基本的にはフロア長が各階の責任者だ。今回は俺の独断と偏見、なんてもんじゃなくて、上級生の中からくじで決めた。呼ばれた奴は運のなさを嘆けよ」
深山はそう言うと、次々と六人ばかり名前を呼んだ。確かに、この人数の多さを見ると、寮長一人でどうにかできるものではない。
「言っておくが」
フロア長の自己紹介が終わると、深山がそう言って、臨時で作られた壇上から生徒たちを見渡した。
「フロア長が各階の責任者で、俺が寮の責任者であるのは確かだ。でも、それは他の奴らに責任がない、ということじゃないってことを忘れないでくれ。今年度東寮を、みんなで盛り上げような」
深山がそう言うと、みんなから声があがる。それに笑って深山が壇上から降りると、食事が始まった。その深山は「忘れてたけど」ともう一度マイクを取った。
「とりあえず今日は入寮ってことで、新入生は朝まで先輩の相手をすること。ま、仲良くなってくれ」
そのタイミングを、わざとだろう、と芳明は思いながら、ため息をついた。宮古の言っていた、どうせ寝かせてもらえない、というのはこのことだったのだ。
「朝までって……タフだよな」
隣で、右が呟く。それに、芳明は力なく同意した。
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