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「明日、休みじゃないよな」
「ないよ。ついでに体育あるから」
シャワーを浴びて寝室に行くと、ぐいっと手を引っ張られてベッドに倒れこんだ。それから、そのまま何度も口付けを交わして、東が熱に浮かされたような声で聞いてきた。
仕方ないなあ、と言わなくても顔が落胆しているのがわかる。
東は、優しい。
テレビなどで見る東は、スマートで紳士的で、だから誰も激しいセックスをするとは考えないだろう。でも、少なくとも、俺とするセックスは十分激しかった。
間が空くから悪いのだと東は言うが、毎日してもそれは変わらなかったじゃないか、と俺はこの間の一週間を思い出す。しばらく休みになった東は、俺を毎日のように抱いた。それが図ったように、春休みだったのだ。その最後の一日まで、東は濃厚なセックスをしてくれた。
でも、セックスで負担が掛かるのは俺の身体だとわかっている。だからこそ、普段は押さえてくれている。
俺は、そんな情熱的な東とのセックスを嫌ってはいなかったが、だからと言って溺れることは出来なかった。
知ってしまったこの温もりを、どうやったらいつまでも傍らにおいて置けるのだろう。
「体育ぐらいサボれ」
「駄目に決まってるだろ」
するり、と首筋を唇で辿られて、俺は熱い息を吐き出した。柔らかく温かい、唇。
「でもなあ……あんまり自信ないんだけど」
「何の」
「だからさ、三週間ぶりなんだって」
それはわかったよ、と俺が睨むように東を見ると、はあっと大げさなほどのため息を吐かれた。わかっている。俺も、出来ることなら明日のことなど考えずに身を委ねてしまいたい。あの、激流に流されるような快楽を、貪ってしまいたい。
「……できるだけ、自制します」
言った東に俺はほっとして、首に腕を回して、ご褒美だと顎に口付ける。それに、ひくりと東の喉が動いた。
「イズル……言ってる傍から煽るなよ」
自然浮き上がった俺の背中を、するりと大きな手が撫でた。背骨を確かめるようなその触り方が、俺は弱い。思わず声を洩らすと、その手が容赦なく、何度も背中を行き来した。一緒に、口付けられる。深く絡まれた舌に、呼吸が危うい。
「ふ……あず、ま」
「三週間……イズルは辛くなかった?」
そのままベッドに倒され、耳を舐められる。手は、今度は太腿辺りを撫で摩っていた。
辛くないはずがない。東よりは淡白かもしれないが、これでも一応高校生だ。多分一般の男子生徒と違うのは、一人で前だけ処理しても、どこか寂しいと言うことだけだろう。そう言う身体に、一体誰がしたと思っているのだろう。
東は、答えを待たない。その唇を俺の身体中に這わせて、俺から思考を奪っていく。辛かったかどうか――きっと、この身体が正直に答えていることだろう。自分でも恥ずかしいほど、敏感になっているのがわかった。
「東……」
何より嬉しいのに、何より辛いのは、繋がることだ。それが一番身体に負担を掛けるとわかっているから、俺はあまり無茶が出来ないときは、まず、手や口で東を慰めることにしていた。いつでも、全てを受け入れきれないことが、本当は口惜しい。
ただ、こうして東を愛することが出来るのは嬉しいし、楽しかった。久しぶりだから、ほんのちょっとじゃれ合うように触れ合っただけで立ち上がったそれが、愛しい。
そして、少し切ない。
それが愛しければ愛しいほど、俺は切なくなる。
この行為を空しいとは言わない。でも、結局何も生み出さないことは事実だろう。
こうして抱き合って、流れ出る俺たちは、一体どこに行くのだろう。
そうやって、決して結びつかない未来が、俺には切なかった。そして、怖かった。
そう言ったものが、とても脆いと知っているからだ。
「ん……イズル……」
夢中になっていると、東からストップが掛かった。久しぶりだから、俺の中が良いのだと潤んだ目で言う。それに、勝てるわけがない。
東は、どれだけ自分がギリギリでも、俺を大切に扱ってくれる。傷つけないようにと、丁寧に解してくれる。ときどき、俺のほうが堪らなくなるくらいに。
「東、東……」
「待って、もうちょっと」
久しぶりだからきついのはわかっていたが、俺は我慢ならなくなってきていた。早く、この内側で東を感じたかった。生々しくも不思議なあの感覚が、欲しかった。
「東……欲しいん……だって」
荒い息の下、切れ切れに言うと、東がひゅうっと息を吸った。ぎらりと、肉食獣のように瞳が燃える。その噛み付きそうな東が、俺は好きだ。
東は無言のまま、俺に口付けた。それが合図のように、ゆっくりと俺を貫く。その間、唇は首筋を撫で、手は宥めるように腰や太腿を摩ってくれる。
ああ、俺は東が好きなのだ。
ゆっくりと入ってくる熱い塊に、俺はそう思って泣きそうになる。
「イズル……きつい?」
「大丈、夫」
口付けをしようと、東の顔を引き寄せる。東はそれに応えてくれながら、しばらくして動き始めた。ゆっくりと、俺の中を万遍なくなぞろうとするようなその動きに、重なっていた唇も離れてしまう。
ああ、どうして、これほど気持ちがいいのだろう。これほど、幸せなのだろう。
その思考は、東が激しく動き出してすぐに、どこかに消えていった。
ピピピ、という機械的な目覚し時計の音に起された。それを無意識のように止めて、俺はがばりと起き上がる。と言っても、なるべく隣の東を起さないように、いつもよりずっと慎重に。
寝入っている東は、それでもかっこいい。寝顔もかっこいいなんて、同じ男として、少し妬けるぐらい。
俺はまだぼうっとした頭のまま、しばらくその顔を見ていた。最近役のためと伸ばしている髪が、顔に掛かっている。それが、昨晩はさらりさらりと俺の肩や顔を撫でていた。色を抜いているのに、柔らかい髪だ。それが少し邪魔そうで、手を伸ばそうとしたら、東が身じろいだ。手が、傍らの温もりを探すように動いて、俺はくすりと笑ってしまう。
そんなことをされては、布団に戻りたくなってしまう。だから俺は、それを振り切るように立ち上がって、キッチンに向かった。東のお気に入りのコーヒーを落として、トースターにパンを入れると、洗面所に向かう。東は今日はオフだと言っていたから、しばらく寝かせてやろう。
三週間ぶりということは、東はほぼ三週間、働き詰だったということだ。その間、電話やメールはあっても、会おうと言う話にはならなかった。暇があれば会いたいと言う東だから、本当に忙しかったのだろう。そう言えば、顔が少し疲れていたな、と昨日の東を思い出す。そう言うものを出さないことにかけては天才的な東だから、きっと相当疲れていたに違いない。
結局、東は起きてこないまま、俺はそっと部屋を出て、学校に向かった。
「あ……」
しまった、と俺は少しばかり顔を顰めた。昨日、学校から直接東のところに向かったために、数学の教科書を忘れた。教科書など、宿題があるかテスト前かにならないと持ち帰らないことが多いのだが、一昨日その宿題があって、持ち帰ったのを忘れていた。文系クラスの俺は、数学は毎日はない。
「なに?」
「いや、数学の教科書忘れた」
ついでに言えば、ノートも忘れたのだから、宿題も忘れたことになる。
「イズルが珍しいなあ」
金田がイシシ、と嫌な笑い方をする。宿題の方は、一度解いているのだから当てられてもさほど問題はない。教科書は仕方ない、借りてこよう。
「イズルちゃん、寄り道して遊んでるからだよー」
にっこりと、金田が言った。嫌に楽しそうに、目が光っている。俺は、ぎくりとした。
「何だよ、寄り道って……」
「昨日、いつもと違う駅で降りたでしょ?」
東の家に行くには、俺がいつも降りる駅より一つ手前で降りたほうが近い。それを見ていたのだろうか。
「しかも結構高級なマンションに入っていくし」
鍵も持ってたよな?と言われて、俺は一瞬何も答えられなかった。
そこまで、見られていたとは……いや、後を付けられたのか。
「うーん。まあ、声かけなかったのは悪いけど、方向がね、似てるって言えば似てるんだよ、俺んち」
金田はあまり悪気がないのか、あっけらかんとそう言った。でも、俺は震えそうになるのを抑えるのが大変だった。
気をつけてはいるつもりだ。まさか男の俺が東の家にいっていることがスキャンダルに繋がるとは記者たちもなかなか考えないだろう。でも、万が一にも、何か嗅ぎつけられたら。
東はよく、俺を自分の気に入りの場所、というところに連れて行く。それはブティックだったりバーだったり飲み屋だったりショップだったりするのだが、少なくとも、俺はそういうところに行くのに変装などしない。東もこれと言って変装はしないが、そうやって誰かを連れ歩くのは珍しい、と会う人毎に言われる。その上、やけに馴れ馴れしいときもある。恋人同士で馴れ馴れしいもないのだけれど、自分たちの関係は人目を憚るものだと、少なくとも俺はわかっている。
金田や、東の知人というより友人たちを、信用していないわけではない。でも、用心に越したことはない。
「何だよ、顔色悪いな。あ……そんなにやばいことだった?」
金田が声を低くした。俺はそれに、「ちょっとね」と軽く答えた。
違うと否定するより、いいと思った。金田は相手の気持ちをきちんと量れる奴だ。言いたくないという態度を取れば、それを尊重してくれる。案の定、
「ふーん。悪かったな。まあ、別に言いふらしたりしないし。ただ、何か困ったことなら言えよ?」
と優しい言葉を掛けてくれた。俺はそれに、素直にありがとうと頷いた。
「うーん、やっぱり素直になったな、イズル」
金田が、そう笑う。先刻のことをすっかり忘れたような笑顔に、俺は感謝しつつ、素直って、と眉根を寄せた。
「前が素直じゃなかった、とは言わないけど。こう、もっとなんて言うか……一線引いてるっていうのか。礼とかもさ、にっこり優等生の模範みたいに言ってたからさ」
気い悪くするなよ、と付け足しながら、金田はばんばんと俺の肩を叩いた。そっちの方が、痛くて嫌なんだけど。
「俺はさ、今のイズルのほうが良いって思ってるんだから」
変わったことが、良かったのだろうか。俺自身は、あまり変わった気はしないのに。
でも、父親にもよしよしと、頭を撫でられるようになった。誰であっても反対はしないから、一度きちんと紹介しろ、とも言われた。
大丈夫だろうか、と時々思う。
こんな風に、東と出会う前と後で、変わってしまって。
そうして、俺は東を失ったら、大丈夫なんだろうか、と。
だからこそ、俺は俺たちの関係が少しでもばれるのが怖いのだ。それは、俺たちの確実な別れを意味するのだろうから。
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