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モドル 11-06 01 02 * 04
遠景涙恋
第十二章 送舟
03
その混乱が落ち着いてきたのは、それから一月ほど経った後のことだった。リーフィウの傷も随分癒えて、今では激しく動かすとひきつるような感じがするだけになった。イーザの家には毎日のように医者が来ていて、リーフィウの傷の様子を見てくれた。どうやら優秀な医者のようで、それもリーフィウがここに来た理由の一つとなっていた。
リーフィウはキーファたちのことが心配でならなかったが、村の上役をしているイーザの父親が毎日のように街まで様子を見に行って報告してくれたので、何もわからない不安はあまりなかった。
だが、リーフィウたちが王宮を出た翌日に首都に戻ったラ・フターハが、所構わず暴れたことはリーフィウだけではなく、街中の不安を誘った。そして、そのすぐ隣の村であるここでも、緊張した空気が漂っていた。しばらく小競り合いをした後、あろうことか、ラ・フターハは街の集会所を襲って、そこにいた人たちを人質にしたのだと言う。
これはもちろん、街中の人間を恐怖に落としただけではなく、ラ・フターハに対する反感も起こさせた。それまでどちらかと言うと静観していた街の人間が、これを境に国王軍に味方したのは自然なことだった。
ラ・フターハの要求は、キーファの首と王宮の明渡しだった。だが、「所詮格が違う」とイーザの父親が言ったように、交渉の末現れたラ・フターハは捕らえられ、人質は無事解放された。タシュラル相手ではかなり慎重な計画が必要だが、その息子は彼にとって不幸なことに、そのずる賢いまでの聡明さを父親から受け継いでいなかった。
「相変わらずの剣の腕前だったな、王は」
イーザの父親が機嫌良さそうに、豪快に笑いながらそう言う。イーザがときどき逞しい気がするのは、この父親の血を引くからだろうかとリーフィウは思った。
「まあ、ではキーファ王とラ・フターハ隊長が?」
「ああ、王宮の明渡しを承知したと言った王の呼び出しにのこのこ出かけていったラ・フターハは、自分の首が欲しいのなら自分で取れ、と言ったキーファ王と戦ったんだ」
あっという間だったなあ、と感慨深そうに言ったイーザの父親は、がばりと酒を飲んだ。
「人質の方々は?」
リーフィウの質問に、うんうん、と頷く。
「そこは国王軍だ。ラ・フターハが出てすぐに周りを固めていたらしい。あれはラシッド副隊長だったな。見事に人質を解放したよ」
これで国王軍は英雄扱いだ、と笑った父親に、イーザも微笑んだ。
「長かったわねえ」
その言葉の意味を、リーフィウは掴み損ねた。人質達の拘束時間を言っているわけではないのだけはわかったが、それならば何を指してそう言っているのか。だが他の人間はわかっているようで、うんうんと頷いていた。
「本当に、どれだけこの時を待ったか。俺の目が閉じる前で良かったよ」
「ええ、ええ。これで前王にもいいお土産を持っていけると言うものね」
「おいおい、まだまだ殺さないでくれ。これからだぞ?これからキーファ王の手腕を見せてももらわにゃならん。それこそ最高の手土産だろう」
そう豪快に笑ったイーザの父親の言葉で、リーフィウは彼らがキーファが本当の意味での王になることを待ち侘びていたのだとわかった。
イーザの父親は、どうやら前王と懇意にしていたような節がある。そして、その息子であるキーファを、とても買っていた。
キーファ王なら、きっとその期待に応えるだろう。
リーフィウは、そう思いながら僅かに寂しさを覚えていた。
混乱が落ち着いたといっても、内政が本当に立ち直って機能するまで、まだまだ時間がかかりそうだった。何しろ、ほとんどの大臣達が逃げるか死ぬかをしたのだ。新たな大臣達を選ぶだけでも、キーファにとっては大仕事に違いなかった。そして、軍の再編をし、今回の混乱につられる形で起きた地方の内乱を治めたりもしなければならない。それこそ休む暇などなかった。
キーファを少しでも助けることが出来たなら、とリーフィウは思う。しばらく目が回るほど忙しいに違いない、と言ったイーザの父親の言葉は本当に違いなく、リーフィウは何もできない自分にため息を吐いた。
このイーザの家に来たときもそうだった。傷の所為と、お客様だからと毎日何もしない生活は辛かった。とくに、イーザもその両親も、姉夫婦も働き者で、いつも動いている。下男も侍女もいるのだが、裏には畑もあり、そこと庭の世話は母親と姉の仕事のようで、毎日そこで楽しそうに働いている。そこに帰ってきたイーザも加わり、食卓には毎日美しい花が飾られ、美味しい採り立ての野菜が並んだ。父親は今回のことで遅くまで都の動向を探っていたし、婿は役所の書記と言う事でその義父を手伝っていた。ときには家でも話し合いをしていたりして、ひどく活気があった。
目の前でそうして仕事をしている人たちを見ていると、いくら怪我をしているといっても、何もしない、出来ない自分が嫌になる。ルクにいるときも仕事と呼べる何かをしていたわけではないが、伝統芸術の保存のための研究をしたりしていた。
本当は、ずっと何かしたかった。王宮にいるときからずっと。
たぶん、安心したかったのだと思う。捕虜と言う立場ではなく、ここで仕事をするということで、安定した場を持ちたかったのだ。この国で、生きていくために。
傷も癒えてきて、何か手伝いたいと言ったリーフィウに、イーザたちはとんでもないと断った。特にイーザにしてみれば、王の大事な人間を預かっているという思いがある。だが、思わぬ人物がリーフィウの気持ちを汲んでくれた。姉婿である。
「本人が何かしたいと言っているんだから、叶えてあげたらどうでしょう?本人の希望を聞いて、無理をさせなければ良いし、ここに一日中閉じこもっていなければならないのですから退屈でしょう」
ハリーファがいない今、村の中を出歩くことはできない。それはイーザも良く言い含められていたし、リーフィウもわかっていた。だが、それならばどうやって時間を過ごすかと言うのも確かに頭の痛い問題で、イーザも渋々姉婿に賛成するしかなかった。
それからリーフィウは、料理を手伝ったり畑を手伝ったりした。剣の修行も兼ねて、背中の傷に障らないようにしながらの体力作りも再開した。
そうして助け合って働くのは、とても楽しい。野菜がどうやって出来るのか知らなかったリーフィウは毎日新しい発見があって畑仕事も楽しかったし、ルクで作られる珍種の野菜を育てたらどうかとも思った。
やることは全く違うが、そんな風に、キーファを少しでも助けられたらいいと思った。雑用でいいのだ。一緒に、仕事ができたら。
それは随分大胆な想像だった。リーフィウは、カハラム国民ではない。さらに、捕虜で入国しているのだ。
でも、そうすれば、キーファの傍にいられると思った。ただ切実に、必要とされたかった。
そろそろ眠ろうかとリーフィウが読んでいた本を閉じたとき、馬の蹄の音が聞こえた。村の上役を長く勤めているイーザの家には、ときどき遅くに家を訪ねてくるものもあったから、何かあったのだろうかと少し心配に思いながら、リーフィウは耳を済ませた。事件でなければいい。
扉を叩く音に続いて、それが開かれたのがわかった。それから、まあまあ、と言うイーザの驚く声が聞こえてきた。相手の声は聞こえない。久しぶりだとか随分立派になってだとか、父親の興奮したような声もする。どうやら家族中が集まったらしく、しばらく少し騒がしい位の音がしていたが、イーザが父親を宥めるような声がした後、誰かが階段を登ってくるのがわかった。二階には、イーザと両親の寝室がある。イーザ辺りが騒がしくしたからと、自分の様子を見に来たのかもしれない。リーフィウは寝台に坐って扉を見つめていた。
だが、控え目な扉を叩く音の後に聞こえた声は、思いも寄らぬ人物の声だった。
「キーファ王!」
リーフィウが慌てて扉を開けると、少し驚いたようなキーファがいた。外套もまだ脱いでいない格好だったが、思わず手を伸ばしたリーフィウの腕を拒まずに、キーファはその身体を抱き締めた。ひんやりとした外気の名残がリーフィウの頬を撫でた。
「ご無事で……」
大丈夫だと言ったのだから、キーファは大丈夫だとリーフィウは信じていた。だが、やはりこうして姿を見るのでは安心感が違う。
「あなたも、元気そうで良かった。傷は大丈夫か」
キーファの低い声が耳をくすぐる。リーフィウが顔を上げるて頷くと、ゆっくりと口付けられた。それから、そのままひょいっと抱き上げられて、寝台の上まで連れて来られる。そのまま重なりかけたが、厚い外套がやはり邪魔で、キーファは諦めて体を起こした。それから、素早く外套も軍服も脱ぎ捨てる。リーフィウは未だ少しばかり夢を見ている心地で、その姿をじっと見ていた。外から来たキーファの身体はひんやりと冷たかったが、触れた唇は熱いくらいで、自分のそれをそっと指でなぞった。
キーファは下着になっている麻のズボンだけの姿になると、ふっと灯りを消して、寝台にのった。月明かりに、ぼんやりと二人の姿が浮かぶ。
「キーファ王……ずいぶんお疲れですね」
リーフィウが、少しやつれた頬に手を伸ばす。侍女がいないせいもあるのだろうが、無精髭が生えていたし、髪もばさばさだった。
「後処理が思った以上に大変で、他の奴らもみんなこんなもんだ」
ばさばさの髪を、リーフィウの細い指が梳く。月明かりが、キーファに深い影を落とした。
「眠っていらっしゃらない……?」
呟きに、あなたがいないから、と囁きが返って来た。リーフィウは少し目を見開いた後、ゆっくりと微笑んだ。そして、その頭をそっと引き寄せる。
口付けは、すぐに深くなった。絡んだ舌に翻弄されて、頭がぼうっとしてきたリーフィウは、とろりとした瞳をキーファに向ける。それに目を細めて、キーファは首筋に唇を移した。ゆっくりと舐めると、ぴくりとリーフィウの身体が動いて、あ、と音にならない声が漏れた。
リーフィウの身体は、その性格と一緒で素直だ。カハラムに連れて来られてからは硬い表情をしていることが多かったリーフィウだが、それでもその瞳はいつも正直にリーフィウの感情を現していた。それが、愛しい。
長衣の寝着を脱がしながら胸を口に含むと、びくりと身体がしなった。その間に手を背中に入れて背骨を確かめるように撫でる。腰のすぐ上辺りが弱いリーフィウは、そこを撫でるとびくびくと身体を跳ねさせ、キーファの首に腕を回してしがみついてきた。キーファはそれを抱きとめて、口付けを落として何度も背を撫でた。僅かに膨れ上がった線は、刀傷の痕だろう。消えるわけがないのに、何度もそこをなぞった。
「いや、キーファ様……」
その穏やかとも言える愛撫に音を上げたリーフィウが拗ねたように呟いた。キーファはふっと笑って、そっとまたその身体を寝台に横たえる。再び胸を口に含みながら、今度はするりと身体の線を辿るように手を下ろしていった。
兆し始めた中心を大きな掌で包むと、「あぁ……」と声が漏れた。柔らかく撫でられて、小さな喘ぎが押し出される。
最初は包まれて上下に動いてだけの手が、次第に指がばらばらと動き出した。
「あ、あぁ……」
どんどん追い上げられて、リーフィウは嫌だと首を振った。一人快感を追うのが嫌だったのだが、キーファは容赦がない。
「……あ、ああ……いやぁ」
実はリーフィウの顔を見たいだけで夜を馬で駆けて来たキーファは、何も用意などしていなかった。いつも後ろを解す香油もなく、リーフィウが嫌がるのを承知で最初に達かせることにしたのだ。
はあ、はあ、と荒い息を吐きながら、リーフィウがキーファを睨んでいる。余程一人だけ達したのが嫌だったらしい。それを宥めるように顔に口付けを降らしながら抱き上げて、キーファはその後ろを探った。
しなやかな身体には、少しだけ筋肉がついたように思える。真面目なリーフィウのことだ、体力作りは怠っていなかったのかもしれないと口元が緩んだ。
ゆっくりと指を埋めると、きゅっと首にしがみついてくる。小さな喘ぎが、首筋を何度も掠めた。
そのしっかりとした首に顔を埋めるのが、リーフィウは好きだった。キーファの匂いと、触れる髪。逞しい首はしがみつき甲斐がある、と思う。
焦れるほどゆっくりとキーファは慎重に後ろを解した。最後には、リーフィウの意識が朦朧とするほどまで。
ゆっくりと押し入ってくるキーファに、リーフィウの口が何度か開いたり閉じたりする。それに誘われるように口付けると、キーファはさらに奥へと身体を進めた。
さんざん解されたリーフィウの中は、柔らかくキーファを受け入れる。だが、狭いのには変わりなく、キーファは慣れるまで動くことはなかった。
その間、そっと頬を指で辿るキーファの顔は心配そうで、リーフィウは安心させたくていつも無意識に微笑む。
こんな風に、誰かを受け入れることがこれほど嬉しく思うときが来るとは思わなかった。最初にキーファに抱かれたときは、ただただそれに壊されないようにするのが精一杯だった。負けるものかと、立っているのがひどく辛かった。
でも、こうしてキーファが自分の身体に気をつかい、心配そうな顔を見せるたびに、あのときやはり、キーファも傷ついていたのではないかと思う。それなのに、そうしなければならなかったことに憤りと哀しさがあるのだ。
だから、何度でも受け入れたいとリーフィウは思う。
もう大丈夫だから。
もう、傷つかなくていいのだから。
ゆっくりと、最初は様子を伺うように動くキーファに、だからリーフィウは何も隠さない。ただその身体を委ね、快感を追う。
「はあ、あ、キー……ファ様……」
口付けを強請ると、すぐに与えられた。二人で高みに登りつめるその瞬間、どこもかしこもぴったりとくっついているのが、リーフィウは好きだった。
甲高く響くはずの声は、だからいつも吸い込まれる。でも、絡む舌でも繋がっていると思うと、幸せにならずにはいられなかった。
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