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la vision


穂積のマンションは、静かな住宅街の中にあった。周が今いるマンションも、一人には十分な広さだったが、穂積のマンションはそれよりもずっと広かった。
その中にはミニバーになっている部屋があって、周はそこに通された。
落とされた照明は、落ち着いたバーの雰囲気を十分醸し出していた。
「なにがいい?」
ずらりと並んだ洋酒の瓶を背にして、穂積が聞いてくる。聞きながら、簡単なつまみを作っている。答えに窮していると、穂積がカンパリの瓶を取った。
「最初だから、スプモーニにしようか」
頷くと、氷を取り出してクラッシュする。グラスに綺麗なピンクのカクテルが出来る。それを周の前に置くと、自分はウイスキーの瓶を取り出した。ドライベルモットも取り出して、ビターズを足して手早く混ぜる。それは普段一真を見ている周の目にも、プロとしてやって行けるのではないかと思わせるほど、優雅な動作だった。
見せるのも、バーテンの仕事。
そう言っていた一真の言葉を思い出す。
「ソファーにしようか」
言われて、周はグラスを持ってソファーに身を沈めた。その周の前に、穂積もゆっくりとソファーに座ると、ため息をついてグラスから少しだけカクテルを飲む。そのグラスを前のテーブルに置いて、ソファーにもたれかかった。もう一度ため息をつきながら、前髪をかきあげる。
周はその動作、仕草にいちいち目を奪われた。周がじっと見ているのに気付いて、穂積がふと笑った。
「何?」
周は「いえ、」と答えて、グラスに口をつける。口当たりの良い、カクテルだ。
「お疲れじゃないんですか」
落とされた照明のせいだけじゃなく、穂積の顔には、はっきりと疲労の色が浮かんでいた。
「君のお兄さんが抜けた穴は意外に大きくてね。苦労している」
そう微笑む。それは決して嫌味なのではなく、尋由の力の大きさを称えているようであった。
それから二人は、尋由のことや、美術の話、カクテルの作り方の話などを取りとめもなくした。グラスが空になると、穂積が立ち上がって何かを作ってくれる。周の好奇心のまま、色々なカクテルを楽しませてくれた。
ふわふわと、心地よい酔いが回っている。体も火照っていた。
「今日は泊まって行きなさい。明日の朝、送ってあげるから」
「大丈夫です。帰ります」
そう立ち上がった周の手を、穂積が掴む。酔いの見えない、でも、濡れた瞳が見上げてきて、周はその手を振りほどくタイミングを逃がした。
どくん、と心臓が鳴る。それが止まらなくて、周は視線を泳がせた。
穂積が立ちあがって、周を引き寄せる。逆らえずに、周は一歩、穂積に近寄った。
視線が、絡む。囚われる。
「一人じゃいられないのは、俺だと言っただろう?」
囁かれて、口付けられる。
この間とは明らかに違う、濃厚なキスだった。ねっとりと舌が絡まって、歯列をなぞられる。
ぞくりとしたものが背筋を伝って、周は思わず身を引いた。でも、離してくれない。
一層強く吸われて、声が漏れた。
「最後のカクテルの名前、教えていなかったね」
囁きが、直接脳に響いてくる。
周はくらくらする頭で、最後のオレンジ色のカクテルを思い出す。ホワイトキュラソーの、甘い香りがしていた。
「なん、で…すか?」
「ビトウィーン・ザ・シーツ…」
ベットにもぐり込んで…
囁きが、遠い。

「んっ…」
ベッドルームには月明りが射し込んでいた。うっすらとしたその光の中で、周の頭上の穂積の髪がさらりと揺れた。何度も、啄むようにキスされる。
ぐるぐると、穂積の視線が、目が浮かんできて、周は思わず目を瞑った。
何をしているんだろう…
何故、抵抗しないのだろう。
わからない。考えようとしても、その視線に、囁きに邪魔される。
思考が、定まらない。
「周…」
ふと名前を呼ばれて、周はぴくりと体を動かした。
「黙れ…」
呟いて、耳を塞ぐ。目を閉じたまま、穂積に背を向ける。
するりと手が伸びてきて、首筋を撫でられる。息が、近い。
「こっちを見て」
囁きは、塞いだ手の隙間から容赦なく入り込む。
「黙れっ」
「周」
「見るな…っ」
怖い。視線も、声も。全てを奪って、自由にされそうで怖い。
「慰めて、くれない…?」
切ない声がする。聞きたくないのに、聞こえてしまう。
シャツを捲くられて、背中の背骨を辿られる。ぞくりとしたものが背を駈け抜けて、周は勢い良く仰向けになった。
息が、荒い。無意識に息を詰めていたのがわかる。
ふと手が伸びてきて、目を覆われる。
「睨まないで。…そそられる」
囁きに、手で見えないまま、周はあばれて自身の手を振る。でもその手首を掴まれて、シーツに押しつけられる。
「怖い?」
穂積がくすくすと笑っている。馬鹿にされたような、笑い。
「怖くなんか、ない」
図星をさされると天邪鬼になる周は、強がってみせる。その声に、目の上の手が外される。
視線が―――
真っ直ぐな視線が、周を捕らえる。
ぞくりと、体の芯が疼く。
―――濡れた瞳。熱い息。
逃れられない。
「んっ…ん、ん」
口付けられて、周は顔を背けようとする。その動きに、口の中に血の味が広がった。
穂積が顔を離して、その唇を手の甲で拭った。その隙に起き上がろうとした周の両手を掴んで、またベッドに押しつける。
「抵抗されるほうが燃えるって、知らない?」
瞳が妖しく光る。突然、ズボンの上から膝で自身を刺激されて、周は仰け反った。さらされたその白い喉に、噛みつくように穂積が口付ける。
赤い血が、うっすらと口紅のように印される。
そのまま耳へ向けて舐めあげられて、周は思わず甘い声を上げた。
「良い声だ…」
囁かれて唇を噛み締めると、笑う声が聞こえる。微かなその息さえも、刺激になる。
シャツの上から、胸の突起を探り当てられて、舐められる。布越しのその強い刺激に、周は息を止めた。
振り払おうとしても出来ない感覚が、周の思考を犯しつづける。
一瞬でも気を抜けば、全てはそれに支配される。
流されないように。ただそれだけに集中していて、シャツを捲り上げられるまで、その手が離されたことに気付かなかった。少し冷たい手が、腰から上へ、するりと滑る。
周は目を思いきり強く瞑った。
快楽が、周を犯す。
ズボンのファスナーを下ろされて、既に勃ち上がりかけた自身を、口に含まれた。
「う…ぁ」
堪らなくなって、声が漏れる。初めての刺激に、押さえていた分、おかしくなる。
「やめ…っ…あっ」
呼吸が荒い。引き離そうと髪を掴んでも、刺激に流される。ただ強く掴むだけで、それは、縋りついているようでもあった。
上り詰めるぎりぎりのところで、音を立てて離される。
思考が定まらないまま、うつ伏せにされる。穂積は周の背中のくぼみを、ゆっくりと舐め上げた。
「はぁ…あ、あっ」
絶えず与えられる快楽に、周はもう逆らえなかった。
耳の後ろを舐められて、小さく震えた。
「いれるよ…?」
含み笑いのような囁き声がする。周は震えるだけだ。それでも穂積の昂ぶりが押しつけられると、体が竦んだ。
何をされるか、分からないわけじゃない。知識としては、知っている。
「痛くしない…力、抜いて」
穂積の欲情した囁きに、言われるままになる。ふと息を吐いた瞬間、自分でも触れたことのない処に冷たさを感じて、思わずまた息を詰める。
「息、吐いて…」
ぬるりと入り込んでくるものが指と分かって、周は頭を振った。言いようのない異物感に、狂ったように頭を横に振りつづける。それでも穂積の指は抜かれることなく、ゆっくりと奥に入ってくる。
丁寧に。丹念に。
そんな言葉がぴったりだった。根気強く、周が感じ始めるまで愛撫は続いた。その頃には、周の意識も、白く濁ってきていた。
耐えようのない異物感。
信じがたい感覚。
甘い、囁き。
…視線。
駆け登る快楽。
その全てから自分を守ることは、周には出来なかった。
ゆっくりと貫かれて、周は叫びを上げた。どれだけ指で慣らしても、本来納まるべきものではないものが入ってくる感覚は、例えようがないくらい辛い。
何も、わからなかった。
痛さと異物感に、ただ叫んだ。意識が遠退くのがわかって、でも、周は何故か安心していた。
奪われる、意識。全てを忘れられるような錯覚。
ひどく、良い夢を見られる気が、した。

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