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ゲーム


05

 サキは窓からの朝日に、薄っすらと目を開けた。なぜ、朝なのだろうと思う。
 ――ああ、そうだ。昨日はあのままヨシュアに抱かれつづけたのだ。
 シャワーもまともに浴びられないまま、ヨシュアはずっとサキを責めつづけた。腕ひとつ動かすのも辛いのは、その所為だ。
 記憶は、ほとんどない。こんな風に責めつづけられたときの記憶を、サキはいつもなくす。それが、自分が意図してやっていることなのか、サキにはわからないでいた。
 今日は、授業をまともに受けられそうもない。そんなときは大概、ヨシュアがうまく言ってくれているようだった。
 起き上がる気のないまま、サキは床に伸びる一筋の光を眺めた。
 夢を、見ていた。
 幼い子供のように眠る自分の頭を、誰かがひどく優しい仕草で撫でてくれている。それが温かくて優しくて、サキはうっとりと目を閉じていた。
 そんな手をサキは知らないのに、知らないものでも夢に見られるのかとサキは小さく苦笑した。自分は、そんな手を望んでいるのだろうか。


 ゲーム開始から、四日目の夜が始まろうとしていた。ゲームはほとんど終わりに近いようで、どうやら後は自分達だけだとヨシュアが気付いたのは、放課後になってからだった。
 昨日の夕方からずっとサキを責めつづけたヨシュアは、部屋に帰ることを戸惑っていた。自分の止められない欲望が、またサキを傷つけ、責めるかもしれない。それが、怖かった。
「サキ、どうしたの」
 少しでも帰る時間を遅らせようかと、ヨシュアが学校の屋上でぼんやりと煙草を吸っていると、クリスがそう言って近寄ってきた。
「体調が悪くて休み」
 ヨシュアがそう言って煙を吐き出すと、クリスは何も言わずに片眉を上げた。最近、サキは一週に一度はそんなことを言って休んでいる。確かに細く華奢な身体をしているが、以前はそれほど休まなかったとクリスは聞いていた。
「うまく、いってないの?」
 金網に背を凭れさせて、クリスは呟くように言った。サキの、どこも見ていないような目が浮かんだ。
「何が?」
 上手くいくも何も、始まってもいない。その上、間違った道を歩いていることは、ヨシュアには良くわかっていた。
 サキの、湖面のような静かな瞳が好きだった。それが、ときどき見せるはにかんだ笑いに細められるのが、好きだった。細く華奢な身体が、凛とした雰囲気を纏っていることに惹かれた。無意識に見せる、とても柔らかい笑みが、いつも自分に向けられることを祈った。
 それなのに、自分はその瞳を泣いて濡らすことしかできない。その顔を歪めさせることしか出来ない。傷つけたくなど、ないのに。
「何か熱狂的な四日間だったね」
 ヨシュアには答えずに、クリスはそう言って空を見上げた。
「まだ終わってないだろ?」
 ヨシュアがそう言うと、にっこりと笑う。
「でも、遊びでもサキを撃つなんてヨシュアには出来ないんじゃないの」
 サキってば幸せもの。そう言うクリスに、ヨシュアは何もいえなかった。
 馬鹿な、と思う。サキが幸せなはずがない。誰よりもそれを願うヨシュア自身に、地獄に落とされているのだから。


 サキが再び眠りに落ち、二度目に目を覚ましたときには、もう日は随分と傾いていた。時計を見ると、そろそろ学校が終わる時間だった。ヨシュアが帰ってくる。
 そう思って、サキは長いため息を吐いた。
 抱かれていることや、容赦のない責めや、罵るような言葉に自分は傷ついているのではない、と昨晩気付いた。時折見る優しさに傷ついているのだ。それに、翻弄されてしまう。
 サキは未だ重い身体を引きずるようにベッドから出ると、モデルガンを入れてある鞄を取りに向かった。もう、四日目の夜だ。そろそろ、ゲームをすすませなければならなかった。
 学校を休んだサキは、今の時点で誰が、何人くらい残っているのか、わからなかった。
 鞄は机の横に置かれていた。自分で置いた覚えがないのだから、きっとヨシュアだろう。ヨシュアは、何を求めているのだろう。そして、自分は。
 鞄を開いて取り出したモデルガンの重みに、サキは首を傾げた。いつもと違う、手触り。
 薄暗い部屋の中で、それは鈍く輝いていた。どくり、と自分の心臓がなったのがわかった。そのまま、もう一度鞄に仕舞いこんでしまわなければいけない、とわかっていても、サキの手は慣れたようにシリンダーを確かめていた。金色に、輝く弾が一発、その中におさまっていた。外観はほとんど変わらない。違うのは、重みと―――威力。
 いつの間に摩り替えられたのか、と考えながら、サキは手の中の黒い塊を見つめた。鞄は一日教室においてあり、昨日は最終講義が移動教室だったから、誰にでもチャンスはある。性質の悪いいたずらだろうか、と思ったが、それにしては性質が悪すぎる。まるで自分の心を見透かしたような―――
 見透かしたような?
 サキはそう思って、またどくりと自分の心臓がなったのがわかった。夕暮れの、静かな部屋の中に、それが響いたかと思うほど、大きな音だった。
 何を、馬鹿なことを考えているんだろう。そう思って、頭を何度も振ったが、べったりと貼り付いたそれは、なかなか頭から離れていこうとしなかった。
 そのまま疲れたように眠ったのか、サキはふと目を覚ましたときには、自分の状況が上手く把握できなかった。ほとんど一日中、眠っていたことになる。しばらくぼうっとしていたが、ふと夕方のことを思い出して、机脇の鞄に視線を移した。あまりよく覚えていないが、どうやらきちんとまた鞄の中に戻したようで、ほっとサキは息を吐いた。
 反対側の壁のほうを見ると、ヨシュアが眠っているらしかった。月明かりに時計を見ると、もう真夜中に近い。そう言えば、自分の賭けは今日までだったと思い出す。
 ゲームを、終わらせなければならない。
 サキはベッドから下りて、鞄の中を探った。満月なのか、夜なのに十分明るい光が窓から差し込んでいた。朝の明るい光がないと起きられないんだ、とカーテンを開けて眠るようになったのは、ヨシュアのためだった。
 どうして、こんなことになったんだろう、と答えのない問いをサキは考える。鞄から取り出した黒い塊のその重みは、もうすっかり手に馴染んだようだった。
 そうだ、きっとあれは夢だったに違いない。
 疲れきっていた自分の手に、少しばかり重く感じただけで。今だって、月光のせいで、見慣れない気がするだけで。
 サキは言い聞かせるようにそう思いながら、ゆっくりと立ち上がった。時間がなかった。もうすぐ、今日が終わってしまう。
 どうして賭けなどにこだわるのか、普段のサキだったら考えたに違いない。でも、サキはただ、このゲームを終わらせようと必死だった。そのためには、ヨシュアをしとめなければならない。今の自分の任務は、ヨシュアなのだから。
 サキはそっと、眠るヨシュアに近づいた。月光に、美しい横顔が見える。まるで彫刻のようなその顔の額に、銃口を向ける。
 美しいその顔が、真っ赤に血塗れるところは、きっと格別な美しさだろう、とサキは思った。
 終わりにしよう、終わりにしよう、終わりにしよう。
 もう、こんなゲームは、終わりにしよう。
 サキはトリガーに指をかけた。


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