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ゲーム


06

 どんどんっ、と音がして、扉が開いたのはそのときだった。サキは音にびくりとしたが、扉のほうは振り向かなかった。
 目の前のヨシュアの目が、開いたからだった。
 月明かりに輝く、青空をそのまま映したような、青い瞳。それがとても澄んでいて、サキはそれから目が離せなかった。
「サキッ」
 叫んだのは、キースだった。後ろにいたクリスは、息を呑んだ。ぴたりと額に当てられた、銃口。その下で、じっとサキを見つめるヨシュア。
「ゲームオーバーだ、ヨシュア」
 ゆっくりとサキに近づいて、その手からそっと拳銃を取り上げたキースが、そう呟いた。サキは逆らうわけでもなく、大人しくされるがままになっていたが、そっとクリスが近寄って肩に手を置いても反応がなく、覗き込んだ目の焦点は合っていなかった。
 騒ぎを聞きつけた寮生たちが廊下に集まりだして、キースは扉を閉めて鍵をかけた。しばらくざわざわとしていたが、キースが鍵を閉めたからには、もう開かないだろうとわかっている生徒たちは、早々に引き上げていった。
 ヨシュアは起き上がって、ベッドに腰掛けていた。サキは全く無反応に、クリスが促すままに同じように自分のベッドに腰掛けた。キースは立ったままで、ヨシュアを睨むように見ていた。しばらく沈黙が流れて、それに耐えかねたように口を開いたのは、クリスだった。
「一体、何があったんだ」
 誰に問い掛けるべきなのかわからず、クリスのそれは独り言のようだった。でもその声に誘われるように、キースは一つため息をつくと、持っていた銃から弾を抜いた。
「俺は、サキが好きだった」
 そのキースの一連の動作を見ながら、ヨシュアが呟いた。それから、今まであったことを、ぽつりぽつりと話し出した。
「いつからなのかわからないが、俺はサキに惹かれていた。ときどき見せる柔らかい笑みとか、一人でいるときの凛とした姿とか、自分でもわからないうちに、サキに惹かれていた。だから、二年で同室になったときには、すごく嬉しかった」
 それは、キースもクリスも覚えていた。部屋割り発表の後に、ヨシュアの機嫌がすこぶる良くて、不気味がっていたのだ。
「でも、サキにはそれが迷惑だったんだ。俺が構えば構うほど、俺のシンパだとか言っている奴らがサキに嫌がらせをした。わかっていて、でも俺はどうしてもサキの隣にいたくて、そっちを牽制しながら必死にサキに纏わりついた」
「うまく、行ってるんだと思ってた」
「上手くいくも何も、俺達は友達ですらなかったんだ、きっと」
 何があったんだ、とキースが尋ねたのに、ヨシュアは自分の顔を両手で覆って、深く息を吐いた。
「春ごろだった。奴らが、サキに乱暴をして、サキがぼろぼろで帰ってきたときがあった」
 ヨシュアは両手を顔の前で組んで、何かに耐えるようにぎゅっと握った。それから、呟くように話を続けた。その声はいつものように澄んではいたが、ひどく苦しそうだった。
 俺は何も知らずに、部屋で帰りの遅いサキを心配していた。ただときどき、図書館なんかでわりと暗くなるまでいることもあったから、俺は心配しながらも待っていただけだったんだ。でも夕食の時間にも、門限が迫ってきても戻ってこなくて、堪らなくなって探しに行こうかと思ったところに、部屋のドアの隙間から紙が滑り込んできた。
 サキがどこかで、乱暴されている、というようなことが書かれていた。
 自分の所為だろうって、わかったよ。それで俺はすぐに探しに行こうとした。そうしたら、サキが帰ってきたんだ。
 目に見えるところに傷はなかったけど、ひどく青白くて、疲れきっていた。サキは俺が何を言っても、関係ない、放っておいてくれを繰り返して、シャワーを浴びて眠ってしまった。結局俺は、何も出来なかった。
 でもそれでサキから離れるのは、俺は嫌だったんだ。シンパの奴らを、少し甘く見すぎていたのかもしれない。しばらくして、今度はシンパの奴らが直接手を下そうとした。
 それなのに、サキは平気だって言うんだ。男だからって、そんなことは関係ないのに。その上、部屋替えをしようって言い出した。俺から、離れようとした。
 それが耐え切れなくって、俺はサキを犯した。
 馬鹿なんだ、と搾り出すように言って、ヨシュアは言葉を切った。嫉妬もあったのだ、とヨシュアは思う。毎晩同じ部屋に眠って、着替えやシャワー上がりのサキを見ては欲情している自分を、ヨシュアは持て余してもいた。触れたくて、触れられたくて、堪らなかった。
 一度抱いたら、あとは止まらなかった。自分の手で快感におぼれるサキを、手放すことなど出来なかった。それが生理的欲求によるものだとしても、サキが自分を求める瞬間に、ヨシュアは溺れていた。
「どうしたらいいのか、わからなかった。一番傷つけたくなかったサキを、この自分が傷つけて……」
「それで、この拳銃か」
「見つかるとは思わなかった。でも、俺ならあそこに隠すだろうって、そう思ったところに偶然あって、俺はそれを手にした。これで終わらせられる。そう思った。終わらせたかった。サキを傷つける自分を、消したかった」
 クリスもキースも、泣いているように見えるヨシュアを黙って見つめた。近場で起こった強盗事件の凶器が未だ見つかっていない、と噂になっていることは二人も知っていた。好奇心旺盛な、ここの生徒たちが、宝捜しのようにそれを探していたことも。
「知っていたんだろう?おまえは、サキの任務が誰だったのか、知っていたんだろう?」
 そして、クリスが言ったように、ヨシュアは遊びでも、サキを撃つことなど出来ないことも。
 知らずに撃ったと言えば、サキはある意味被害者だ。でも、サキはきっとわかっていた。おもちゃと本物の区別は、ついていたはずだ、とキースは思う。だからこそ、今、サキは壊れたように一点を見つめて動かないのだろう。
 熱狂が、狂気を呼んで、悲劇を起こした。
「終わったよ。ゲームオーバーだ。ヨシュア、おまえはゆっくり眠れ」
 キースはそう言うことしか出来ず、自分も、温かくて安心できる場所でゆっくり眠りたい、と思った。


 その晩から、サキとキースが部屋を変わって、眠ることになった。でも、サキは一言も話さなくなっていたし、反応もほとんどなかった。学校の授業は普通に受けているように見えるし、ヨシュアに変わってクリスとキースが貼り付いている為に、日常困ることはさほどなかったが、放っておくことは出来なかった。
 ヨシュアは、極力サキから離れていた。でも今はそんなことをしなくても、サキはヨシュアのことなど見ていない。誰のことも、見ることはなかった。
 どこから、狂ってしまったのだろう、とクリスは思う。虚ろな目をしたサキは、ときどき、無心にどこかを見つめていたりする。それがあまりに透明で、クリスは知らず泣きたくなる。
 ヨシュアがときどき、そんなサキを狂おしそうに、苦しそうに見つめていることも知っている。
 夜中に、サキはときどき空を見ている。星などほとんど見えないのに、ただじっと空を見ている。
「ごめんね」
 一緒に眠るようになって一週間ほど過ぎた昨晩、サキが不意にそう言った。
「ごめんね。もう少しだけ、こうさせて。……こっちに戻るのは、怖いよ」
 そう言って、空を見つめるサキの目を、クリスははっきり覚えている。何故かは、聞かなかった。自分のあの日の狂気を、サキは覚えているのだと、そう思った。
 ゲームの勝者は、その日の昼間の人物が最後だったとキースが告げて、二人のことは伏せられた。そして、サキが未だどこかを漂うように過ごしているうちに、ヨシュアが学校を去った。


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