ゲーム
2nd.stage
04
結局、ヨシュアはそれとなく大学のことをブライアンに聞いてみることにした。ブライアンはすぐに喜んで、ちょっと考えてみたい、と言っただけなのに、どんどん話を進めているようだった。ようは、こき使えるアシスタントができる、と当てにしているのだろう、とヨシュアは苦笑した。
気付いていないよ、とキースは言っていたが、サキはその日、二人と話すヨシュアを見ていた。二人とも目立つことは高校時代から変わりなく、そこに噂だったヨシュアが加わって、サキではなくとも、視線が吸い寄せられた。
昔、自分もあの中にいたのだ、と思うと、サキはひどく懐かしくなって、切なげにその瞳を揺らした。そのときは嫌で嫌で堪らなかったし、ヨシュアの夜と昼間のギャップの戸惑いと残酷さを、忘れたわけでもない。それでも、あのとき自分は、嬉しかったのだと今になって思う。ヨシュアに名前を呼ばれるのは、とても好きだったのだと。
サキにはずっと、ヨシュアに聞きたかったことがあった。あのときなぜ、自分を抱いたのか。あのときなぜ―――
「目立つな、やっぱりあいつらは」
ぼんやりと三人を階段の上から見ていたサキに声をかけたのは、大学になってからの友人のライナスだった。
「なんだ、あいつらしかも噂の御仁と知り合いか」
「噂?」
「ほら、一緒に座ってるちょっときざな奴。ここのところ女どもが騒いでる」
サキは興味がないかのように、ふうん、と言っただけだったが、相変わらず騒がれているヨシュアに、思わず微笑んだ。ずいぶんと大人っぽくなり、大人しい雰囲気だが、滲み出るような輝きまで、そう簡単に消えるものではない。
「何?サキも知ってるのか?」
「なんで?」
サキはそんなことは一言も言っていない。
「いや……おまえがそんな顔をするのは、よっぽどの奴のときだけだから」
ライナスは心なしか赤くなった顔を逸らして、そう言った。それにほら、あいつらとも仲いいし、と慌てたように付け加える。
言われたサキは、自分がどんな顔をしているのか、少しもわからなかった。
それから、講義始まるよ、とライナスに言われるまで、三人のことを眺めていた。
珍しくクリスが学校に頻繁にきているのは、テストがあるからだった。講義はなんとかなるにしても、さすがにテストは自分でやるしかない。それでも大学に通っているのだから、偉いものだとサキは思っていた。
「あーあ。今日のは駄目だ」
今日の分のテストが終わって、つかの間の開放気分のまま、サキはクリスに捕まってカフェに来ていた。この間、三人がいたところだ。
「毎回そう言ってるよ、クリス。いい加減、ヤマかけるのやめたら良いのに」
クリスは勉強が出来ないわけではない。でも、仕事優先のために、時間がないのだ。
「いやあ、でもあのスリルもまた堪らないんだよなあ」
そんなことを言うクリスに、サキは苦笑するしかなかった。今日が終われば、あとはそれほど大きく重なった試験はない。二人とも、少しだけ余裕が出てきていた。その開放感の所為なのか、それともずっと気になっていたのか。
「そう言えば、この間ヨシュアといたね」
ぽろり、と零してしまった感じだった。サキはそんなこと言うつもりは、全然なかったのだ。途端、クリスが驚いた顔をして、それからすぐに人の悪い笑みを浮かべた。モデルなんてしていると、そんな顔も様になるのだからずるい、とサキは思う。
「気になる?」
「いや、ここの学生じゃないんだよね?」
「今はね」
その言い方に、サキは訝しげに眉根を寄せた。
「あいつ、大学行ってないからさ。誘ってんの」
クリスの言葉に、サキは一瞬驚いて目を大きく見開いた。家のことを考えても、頭のよさを考えても、ヨシュアはどこかで必ず大学に行っているものだと思ったのだ。
「気になる?」
「だから、別にそうじゃない」
「声、掛ければ良かったのに」
そんなことを言って、そのときには自分は慌てただろうと思いながら、クリスは笑ったままだった。
「意地悪いね、相変わらず」
「なんだよ、相変わらずって。こんな優しいクリス様に向かって」
そのクリスの言い様に、サキは笑いながら、そうだね、と言った。その顔に、クリスのほうが恥ずかしくなる。全く、臆面もなく肯定しないで欲しい。そんな極上の笑顔付きで。
「……どうしていたか、知りたくない?」
照れ隠しに視線をそらしたまま、クリスはぼそりと言った。サキはそれに、何も答えない。
「陽だまりの温かさのような、単純な幸福感」
「え?」
「ヨシュアが、サキの笑った顔を見てるとそう思うって、言ったことがあるんだ」
俺らはその意味を、高校卒業近くまで知らなかったけどな、とクリスが言うと、サキの目からぽろり、と透明な光が零れ落ちた。カフェの電灯を反射したそれは、本当に光のようだったのだ。
よくよく今日はいろんなものを零すらしい、とサキは思いながら、それでもそれを止められなかった。
「え、えっと、サキ?」
滅多に泣かないサキの涙に、クリスはとっても弱い。泣き顔が綺麗過ぎて、どうしたらいいのかわからなくなるのだ。普段クリスの顔を綺麗だと言っているサキのこういう顔のほうが、余程綺麗だとは本人は思っていない。
参ったなあ、とクリスは思っていた。泣かれるとは思っていなかったのだ。それもそのはずで、泣いた本人も、自分がなぜ急に涙を零したのか、わからなかった。滅多なことでは泣かないから、余計に。
「ごめん……」
俯くサキに、クリスはそっとハンカチと、それから一枚の紙を渡した。涙で濡れたままの目で見たそれには、サキの知らない住所と電話番号が書いてあった。
「クリス?」
「何で泣いたのかよく考えて、それから、泣かせた本人に責任とってもらえ」
どう見ても泣かせたのは自分なのに、そんな風に言うクリスがおかしくて、サキは思わず笑った。それから、小さくありがとうと言うと、今度はクリスが泣きそうな顔をした。