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加速する日々 05

 どことなく、いつもより反応が悪いと笠木は思った。でもそれが例え友江に原因があったとしても、責められるのは自分なのだ。笠木はいくぶん戸惑った。友江にしてみれば、先刻和倉相手に果てたばかりだ。それから冷めた熱は、なかなか戻っては来ないようだった。もちろん笠木は、そんなことを知らず、少しだけ焦りだす。そうなった自分を、友江が楽しそうに見ている視線を感じているのに――だからこそ――笠木の焦りはどんどんと増す。
「どうしたんだろうなあ……なんか全然感じねーよ。どうにかしてよ、先生」
 友江はそう言うと、隣に放り投げてあった鞄から煙草を取り出して火をつけた。ゆっくりと頭を持ち上げだしたその分身が、煙を吐き出すときに満足そうにぴくりと動く。
 どうにかしろと言われても、笠木はどうしたらいいのかわからなかった。いつものようにさんざん舐めまわして、目一杯頬張って見たりしたのに、どうしてもそれはゆるやかに、気だるげに少しばかり立ち上がっただけで、それ以上硬くなろうとはしなかった。
 思わず伺うようにちらりと友江を見ると、ふっと笑われて、また視線を外される。それから美味しそうに煙草を吸い込んだのが見える。
 笠木は一度に虚脱感を感じて、目を閉じた。生徒が煙草を吸っていると言うのに、注意も出来ない。というよりも、この状態が既におかしいのだ。何をしているのだろう、と思う。
 こんなことで、途方にくれている自分。
「言わないと何も出来ないのか。仕方ないなあ」
 友江は楽しそうに笑いながら、煙草を吐き出した。その友江を、笠木は少し青ざめた顔をしながら見つめていた。
「自分でやんなよ、先生」
 最初、友江の言っている意味が分からずに、笠木は眉ねを寄せた。友江は相変わらず、にやりと笑っている。冷たい、笑顔だ。
「自分でやんなって言ってんの。ほら、チャック開けて」
 友江の言葉に、ようやく意図を汲み取った笠木は、唇を噛んでため息を飲み込んだ。今までの言動を考えれば、いつかは言われることだとわかっていたはずだ。それでも、わかることとすることは違う。
「それぐらい、やるだろ?先生も好きなんだし」
 友江はあくまでも淡々とした口調で言う。笠木は、セックスに対して淡白ではないとしても、淫乱と呼ばれるほどではないと思っている。ただ、友江がいつもそう仕向けるのだ。
 ふと、友江は何を求めているのだろう、と思った。冷たい言葉も、視線も、ときどきそれは、痛々しいほどだ。虐められることには何も抵抗せず、こうして笠木を虐めている。でもそれは、弱いものが弱いものを虐めると言う構図とは、どこか違っていた。
 前の学校での出来事が、友江を狂わせているのだろうか。
「早くしなよ。警備員さん来ちゃうよ?」
 友江はそう言いながら、関心をあまり持っていないように見えた。それでも笠木は、逃げられないことを知っているから、ズボンのチャックに手を伸ばした。
「……っ」
 少しだけ反応し始めていたのを握って手を動かすと、笠木はすぐに身体が震えるのがわかった。何も考えずに、手を動かすことに集中する。それは、友江とのセックスで学んだことだ。何も考えずに、快楽だけを追求する。そうすれば、最も楽になれると笠木は思っていた。
「前だけじゃ満足できないんじゃない?」
 しばらく無言で、二本目の煙草をふかしながら見ていた友江が、そう言って鞄からクリームを投げて寄越した。既に滑っている手でそれを取ると、ハンドクリームだとわかる。
 笠木は、後ろを自分で弄ったことはない。さすがに捨てたはずの羞恥心が湧き上がってきて、クリームのチューブを握ったまま、笠木は友江を見つめた。
「大丈夫。それでも十分滑ったし。それともそんなのいらない?」
 友江はもうしっかりと立ち上がった笠木のものを見て、そう笑った。先走りで、濡れているのだ。笠木は今度はため息を隠さずに吐いて、クリームを指に取った。
 恐る恐る指を後ろにのばすと、ゆっくりとその中にいれていく。すっかり濡れた指は、わりとすんなりと入って、笠木は思わず目を瞑った。そこが、もの欲しそうにひくつくのが分かる。その波にあわせて指を深く差し込んでいくと、声が漏れた。
 気持ちが悪い。
 指の感触も、差し込んだその部分も、気持ちが悪かった。でも、本当に気持ちが悪いのか、そう思おうと自分がしているのか、笠木にはわからなかった。
 気持ちが悪いのに、はっきりとした欲望を感じるのだ。それに、どれだけ、自分が友江につくられたか理解する。物足りないと、思ってしまうのだ。これだけ気持ちが悪いと思っているのに、それが友江だったらどれだけいいだろう、と思う。自分はきっと、友江に縋るだろう。その姿が見えて、笠木は自分を嘲笑するしかなかった。
 もっと違う解決策は、あったのだろうと今なら思う。淫乱だといわれても、仕方がない。今では笠木は、自分がこんな関係を望んでいたのではないかと思っていた。


 濡れた、卑猥な音が響いていた。教室は暗くなり始めて、視界を曖昧にする。笠木はすっかり下半身をさらけ出して、その後ろを自分で弄っていた。言われもしないのに増えた指の数に、友江が笑っている。
「友……江」
 どう誘ったら、友江はこの欲望を静めてくれるのだろう。笠木はずっと、そればかりを考えていた。堪らなくなって、目の前にあった友江自身を貪るように舐める。それが、だんだんと勢いを増すと、笠木は早くその欲望を自身に沈めて欲しいと懇願した。
「先生、駄目だよ。頑なにストイックなところがそそられたのになあ。壊れちゃったね」
 友江が、そう笑う。その友江の言葉を、笠木は理解できなかった。ただ、壊れてしまえばいいのだと、どこか遠くで言っているのが聞こえるだけだ。
「駄目だよ、まだ壊れちゃ。逃げちゃ駄目だ。先生は、こんな人じゃないだろう?」
 薄く笑う友江の顔を、笠木は虚ろな目で見上げた。何を言っているのだ。こうなることを望んだのは、友江だったのではないか。
 怖い、と笠木は思った。狂うことも、壊れることも許されないのだ。心臓が、どきどきと早鐘のように鳴っているのがわかる。
 逃げる?
 違う。きっと、これは自分の本当の姿なのだ。そうだ、マゾなのかもしれない。
 笠木は必死に、そう考える。
 仕方がないじゃないか。世の中には、色々な性癖を持った人々がいるのだから。自分もきっと、その中の他愛ない一人に過ぎない。
 大勢の中の、一人に過ぎない――
 友江は、ふと無表情になると、そっと笠木の手首を持って、弄っていた後ろから引き抜いた。それを、丁寧にティッシュで拭う。
「思い出してよ。ここは学校、あなたは先生、俺は生徒だ」
 乱れた笠木の服を直しながら、友江は囁くように言う。
「こんなの、おかしいよ」
 そう言った、恐ろしく整った美しい友江のその顔を、笠木はただ、呆然と見つめた。見つめながら、泣き喚くか、気を失うか、せめてそのどちらかを許されないだろうかと、必死に願っていた。


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