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サイレント・ノイズ 第二話
――偽リノ夜――

03

 日が少しずつ落ち始め、あたりが薄暗くなっていた。プログラムでこんな風になっているのだろうが、それがショートしたら最後、電球が切れるように真っ暗になるのだろうと思うと、この夕暮れはひどく奇妙なものにラルフには思えた。
 それでも、夕暮れは美しい。完璧な舞台装置のように。
 今日テロを仕組むのなら、0区域東地区の舞踏会場だろう。特に今日は、オペラがあったはずだ。国の要人も、来ている可能性が高い。
 そう考えて、舞踏会場を見張っていると、連合軍仲間を数人確認した。それで、ラルフは自分の読みを確信した。
 ――今日はここだ。
 ここのところ大人しくしていたのに、過激派がまた活発に動いているのは、あの日が近いからだとラルフは知っている。
 弟、アレックスの命日。
 アレックスもまた、自らの命さえも犠牲にして戦ったと、英雄扱いされているのだ。過激派は特に、教祖であるかのように、崇めてさえいる。
 もうこりごりだと、ラルフは思う。これ以上、人が死ぬのは。
 こんな風に人が死んでも、何も変えることはできないのだ。
 これでは、何も。
 五年前のあの事件以来、ラルフはずっと、そう言い続けてきた。でも、幹部はそれに耳を貸そうとしない。現幹部は穏健派だが、過激派のことは見て見ない振りをしているのだ。いざとなったら罪は過激派にかぶせればいい。そう思っているのだろう。
 こんなことをしていると知られたら、ラルフは確実に殺される。時には成功するが、やっていることはひどくリスクのあることだとも分かっていた。アルフォンスは、ラルフが何をしているのか分かっているだろう。何のために、過激派の行動を見張り、その情報を密かに入手しているのか。だから、あんな風に心配そうな顔をしているのだ。
 巻き込まれる可能性は、非常に高い。それでも、被害を最小限に食い止めたくて、ラルフは時限式爆発物を処理する。
 そうやって幾度か不発で終わっているために、今回過激派は、多めに爆発物を仕掛けたようだった。ばかげたいたちごっこだと、ラルフはため息を吐いた。
 そのうち、こんなことはばれてしまう。一人では、手が足りなくなる可能性も高い。
 いつまで、こんなことを繰り返さなければならないだろう。
 ラルフには、連合軍以外の居場所がない。たとえどこかに居場所が出来たとしても、抜け出すことも、逃げ出すこともできなかった。物理的にも、精神的にも。
 軍の若手幹部の一人で、ある程度のことは裏まで知っている。軍の本部にも、何度か足を運んだ。そんなラルフを、軍が何も言わずに放り出してくれるわけがない。
 ラルフ自身も、今更なにもかも白紙に戻すことなど出来ないとわかっていたし、全てを放り出して一人穏やかに暮らすなど、考えたことはない。もう、一生をここで過ごすしかないのだ。その一生が、例え短いとしても。
 時計は、午後九時半を指していた。そろそろ、行動を開始しなければならない。過激派の連中も、引き揚げている。
 ――全ては解除できないな……
 一つ、二つ、と爆弾処理をしながら、一瞬の虚脱感がラルフを襲った。何のために、こんなことをしているのか。仲間を裏切っていることには、かわりがないのだ。隠された時限爆弾は、普通それほど複雑な作りをしていない。見つけられることは、前提としていないからだ。
 一分、二分、と時計に表示される数が減っている。そろそろ、安全な場所に行かなければ、自分が吹き飛ばされてしまう。後いくつ残っているのだろう……
 目の前で爆発を待つ爆弾を、ラルフはじっと眺めた。このまま、飛ばされてしまえば――
 何度か、そう思ったことがあった。アレックスのように、粉々になったら、と。
 爆発数秒前に、導線をぷつりと切る。それが合図のように、どこかで爆発が起きた音が聞こえた。ラルフはすっと息を吸い込むと、会場を抜け出した。そのまま走って逃げようとしたが、人影が見えて、気付かれないようにゆっくりと踵を返す。そして、混乱する人たちと一緒に逃げることにした。あれが、警察でも過激派の連中でもやばいからだ。
 ここのところの爆弾テロは、小さな脅し程度のものが多い。過激派の幹部が恐ろしい人間で、こうして少しずつ、街の人々の恐怖を煽っているのだ。
 実際に、アレックスの命日、五年前の会議場爆破のその日に、行動を起こすかどうかは分からない。でも、人々は否応なしにそのことを思い出させられる。
 また、何かがあるかもしれない。
 街にはその恐怖が、ゆっくりと、でも確実に浸透していた。
 煙にむせながら、踏まれたり押されたりしながら歩いていたそのラルフの足が、ふと止まった。
「おいっ、邪魔だ」
 後ろの男にそういわれて、ラルフは慌ててまた歩き出す。
 ――あいつだ。
 一瞬、目があった気がした。互いに、見つめたような気が。
 どうして……
 そして、暗闇と煙でよく見えなかったが、あの制服。あれは――
 シュリ……
 思わず、呟いた。やはり、純粋な日本人だったのだ。決して、関わらないようにしていたのに。連合軍の人間が、日本人と関わりあうなんて……
 まして、シュリは――
 人違いかも知れない。ラルフは、そう言い聞かせた。この暗闇と煙で、分かるわけがないと。
「おいっ、身分証明書を見せろ」
 ふらふらと歩いていたら、出口で警察に足止めを食らった。ラルフは大人しく、IDカードを提示する。そこには、ラルフがゼロ区域に来ることの理由がのっているのだ。ゼロ区域西区の架空の会社勤めのサラリーマン。たまにはオペラぐらい楽しむだろう。そんな、架空の人物。
 架空と言っても、その会社は確かに存在する。存在する必要がないのに、しているのだ。示されている住所には、確かに会社があり、会社としての機能も働いている。でも、ラルフは滅多にそこには行かない。連合軍のおこずかい稼ぎになっている、その場所には。
「よし、通って良いぞ」
 警察が、横柄な態度でカードを投げるように返す。ラルフは深呼吸をして、何も言わずにその場を立ち去った。
 投げなくても良いだろう。
 そう、思った。でも、警察のその態度にいちいち怒っていたらキリがないし、今は大人しくしていなければならない。下手に目をつけられたら、それこそ命取りだ。
 煙が辺りに立ちこめている。その中を、ラルフはそっと、足早に歩いていった。


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