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la vision

8
「だいぶお疲れですね」
展覧会場から直帰するはずだった周は、忘れ物に気付いて、オフィスに戻った。そこに穂積を見つけて、思わずそう言っていた。穂積の疲労の色が濃い。はっきりと分かるほどに。
いつもなら何も言わずに挨拶程度で済ますのに、オフィスに誰もいなかったから、よけいなことを口走ったのかもしれない。
言ったからといって、どうにも出来ない。今回の展覧会が大変なのは、周も多少はわかっているし、といって妥協をする穂積ではないのも、この何週間かの仕事で分かっていた。
「食事、ちゃんととってますか」
それから睡眠。そう言った周に、穂積は薄く笑った。
「これじゃあどっちが世話されてるか分からないな」
穂積は見ていた書類から顔を上げた。その顔が、だいぶやつれたようで、周は思わず手を伸ばした。髪が顔にかかって、影を作っていた。その影を、取ってしまいたかった。
「周くん?」
「痩せこけてる。色男が台無しですね」
身なりは、整えている。でも、疲れた顔色を隠すことは出来ない。少し目に強さがなくて、周は眉を寄せる。
「たいした口を利く。誰に、教わった?」
にやりと笑いながら、穂積は周の手首を握った。周が手を引こうと思ったときには、もう遅い。ぐっと引かれて、腰に手を回される。
「穂積さんっ」
誰もいないといっても、ここはオフィスだ。周は思わず周囲を見回した。
もう一度、誰もいないのを確かめて、ほっと息をつく。
「食事、行きましょう」
腰の穂積の手に自分の手を重ねて、周はそれを外そうとした。でも、穂積はその手をゆっくり上へとずらす。額を、周の胸に押しつけている。その顔を上げて、周の頭を引き寄せ、耳元に唇を寄せる。
「食事より…」
君がいい…そう囁かれる。目に、妖しい光りが宿っているのを見て、周は背筋がぞくりとした。そうやって見詰められると、周は動けない。ゆっくりと腰を引かれて、穂積の膝に座らされる。ゆっくりと上ってきた手は、首筋を撫でて、頭を掴んだ。
深く、口付けられる。
舌が侵入してこようとするのを拒むが、聞き入れられない。
静かなオフィスに、二人の唾液の音が響いた。
その音に、周はかっと熱くなって、身を引く。
「誰も来ないよ。みんなあがった」
穂積が誘うように囁く。耳に触れる息が、熱い。
「でも」
するりとシャツを捲くられて、素肌に手が触れると、周は息を詰めた。
「誘いに、来てくれたのかと思った…」
「なわけ、ないだ…ろ」
胸の突起を噛まれて、甘い声を上げる。それがいやにオフィスに響く。
煌々とした天井からの明りに、昼間のような明るさを感じて、周は羞恥に赤くなる。
「外から…見える」
「見えない」
穂積の手は、止まらない。周のズボンのベルトを外して、チャックに指がかけられる。
確かに20階建てのビルの最上階は、下からは見えない。向かいにあるビルの電気も消えているし、元々広い道路を挟んでいるから、昼間でも人がいるのがやっと分かるくらいだった。
「もう、大きくなってる」
チャックを下ろした穂積が、囁く。周が嫌がるのをわかって、言っている。
「これじゃぁ、帰れないだろう?」
誰の所為だ。周はそう言いたいのに、ねっとりと指を絡ませてきた穂積に、翻弄される。ゆっくりと撫でられて、声を我慢できない。思わず、穂積の肩口に、噛みつくように顔を伏せた。
「気持ちいい?」
囁きが近くて、息がかかる。それに、周は震える。何度も、何度も上下に扱かれて、周は我慢が効かなくなりそうだった。
「汚れるな…反対向いて」
囁かれて、後ろ向きにされる。首筋に、唇が落ちてくる。そのまま、舐め上げられて、周はのけぞった。
「も…っ、あ…はぁ」
「いいよ。いって」
くすりと笑うのが聞こえて、周の頭に、一気に血が上った。と同時に、激しく扱かれて、周は絶頂を迎える。
天井を仰いで、荒く息をしている周のズボンを、脱がせる。ひやりとした空気に、周は首を振って、抵抗した。
「君だけは…ずるいでしょう?」
脱げきらないズボンに手を入れられて、後ろを弄られる。自分の出したものを、塗られる。
「やめっ…」
そう腰を浮かせた瞬間に、ズボンとパンツを一気に下ろされた。と言っても、まだ穂積をまたいだ形のままだから、太ももで止まっている。それが余計いやらしく、周の目に映る。
さらされた部分だけに、ひやりとした空気を感じて、嫌でも自分の格好を意識させられる。
周が逃げようとするのを、穂積が手を掴んだ。ズボンが途中まで落ちている周は、上手くバランスが取れない。手を引かれて、また穂積をまたがるように座らされる。
目の前の穂積の目は欲情して、潤んでいた。その視線に、吸い込まれる。
「ずるいって、言っただろう?」
周は囁きに、観念する。ぬるりと入ってくる指に、圧迫感を感じて、それどころじゃなくなる。
まだ、慣れるはずかない。
「はやく、いれちまえよ」
荒い息で、言い放つ。怖いのを、悟られたくなかった。穂積はにやりと笑って、指を増やした。ぐるりとかき混ぜられて、周の身体がはねる。
「うぁっ…あ、あ」
穂積の肩を掴む手に、力が入る。掻きまわされる感触が、ダイレクトに脳に伝わってくる。
気持ちいいのか、悪いのかわからない。
でも、その指が奥の一点をつくと、周の体が一段高く跳ねた。
「ここが良いんだ…」
くすくすと笑い声が聞こえる。それが、周の羞恥心を煽る。
「はっ、あ、あ…」
それでも、身体が反応するのは止められない。仰け反って、穂積の前に白い喉をさらす。髪がゆらゆらと揺れて、周が小刻みに震えているのが分かる。
穂積は愛撫の手を止めずに、自分のズボンのチャックを開いた。そこに、周から引き抜いた手で、その蜜を塗りつける。
「お兄さんと約束したから…傷つけたら怒られる。ゆっくりね…」
そっと周の双丘を掴む。周の手に、力がこもる。それでも諦めたのか、抗わずに腰を浮かせる。
「いい子だ…そう、ゆっくり…」
徐々に腰を落として行く。それでも、その圧迫感に、周の腰が引ける。
「まだ…もう少し」
息を吐いて、という穂積の声に、周はゆっくりと息を吐きだす。それに合わせて、穂積がゆっくりと入ってくる。
「あぁ…いいよ」
入りきって、穂積が囁いた。周は、ほっと息を吐く。
でも胸の突起を噛まれて、思わず声を上げた。それと一緒に、自分の中が、きゅっと締まるのがわかる。
「くっ…きついよ。締めるなよ」
穂積がからかうように言う。周はその声に全身を真っ赤に染めた。
「はやく、終わらせれば」
色気のないことを言う。その強気の言葉に、穂積は思わず笑った。
「ばっ…」
周がぎゅっと穂積に掴まる。笑われれば、響くのだ。その様子に、穂積は笑いを止められない。
「かわいいな、周は」
そんなことを言われても、周は嬉しくない。
「さっさと…」
「はいはい。では、ご希望に答えて…」
穂積はそう言うと、周を突き上げた。
「やぁ…あ、っ…んっ」
快楽に、翻弄される。
互いの荒い息遣いが聞こえて、登りつめて行くのが、わかる。
それは、確かな感覚だった。
周には、何よりも、確かなものだった。

「兄貴に、言ったの」
結局コンビニで弁当を買ってきて、二人で食べている。食べに行く余裕も、体力もなかった。
「大切にしているって、言っただけだよ」
周が買わせたサラダに、穂積はドレッシングをかけながら答えた。周は、おにぎりをほお張っている。
「大切にねぇ…」
疑問を含んだその声に、穂積は小さく笑った。
「言ったほうが良かったか?」
周は頭を横に振る。
「ウチの兄貴、怖いよ」
「知ってる」
穂積がそう笑う。
もし言うにしても、一体、どう説明するのだろう。
周はふと不思議に思った。
ただ、抱き合うだけだ。それを、どう説明すると言うのだろう。
笑う穂積は、兄にどう言うのだろう。
そんなことは、考えていないのかもしれない。
絶対に、言わない、言えないと、わかっているのかもしれない。周がそう思うように。
予感がある。
兄の尋由が帰ってくれば、終わってしまうだろう予感が。
何故そう思うのか分からない。でも、確信に近い思いだった。
穂積か、自分か。どちらが終わらせるのか、それはわからない。
いや。二人が、同じ気持ちなのかもしれない。
そのときを、わかっているのかもしれない。
ずきずきと、心臓が痛い。
でも、周はその痛みの正体を、知らない。

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