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コレガ僕ラノ進ム道
10
ふいに、今まで黙っていた藤吾が声を上げた。ふるっと、映が握っていた手が震えた。
「佐谷さんが、俺に相応しくないなんて……そんなことあるわけがない。お、俺が相応しくないならわかるけど……」
そう言いながら、自分の言葉に自分で落ち込んだのか、藤吾は俯いてしまった。映も橋野も、そして梶原も、そんな藤吾をびっくりしたように見ている。
珍しかったのだ。こんな風に、声を荒げる藤吾も、誰かの意見に真っ向から反対するようなことを言うのも。
ふむ、と思って、梶原と橋野はこっそりと顔を見合わせた。少なくとも、佐谷映という人物は、藤吾にとって大切で、そして影響力のある男なのだ。
「なんで、藤吾が俺に相応しくないなんてことがあるんだ?そんなこと、考えてたのか?」
映はふっと顔を緩めて藤吾の顔を覗き込んだ。そこには、藤吾の好きな、柔らかくて温かい笑顔があった。
「だって、そうでしょう?」
藤吾は潤んだ目で映を見つめた。丸い顔につぶらな瞳が濡れて光っている。こんなところじゃなかったら、今すぐにでも抱きしめてキスをして、その先もばっちりして、めちゃくちゃに可愛がってやりたいところだ、と映はその顔に眩暈に似た思いを抱いた。
「そんなわけあるか。俺のほうこそ藤吾に相応しい男になろうって日々努力してるのに」
「そ、そんなこと……」
端から見たら、アホらしい、の一言だと梶原と橋野はわざとらしくため息をついた。でも、見目も良い、社会的地位もある映が、藤吾の良さをきちんと理解し、それを守ろうとしていることは、十分わかった。合格だろう、と梶原は渋々ながら思った。
「用件は済みましたね、社長」
橋野がその顔色を見て、帰ろうと促す。梶原も、これ以上二人に毒てられる気はなかった。
「部屋の件、藤吾に目ぼしい物件は教えますから。どうぞ遠慮なく見てみてください」
急に帰り支度を始めた二人に、藤吾も映も驚いて居住まいを正した。すっかり、二人の世界に入っていたのだ。
「え、あの」
「ああ、好きなだけゆっくりしていけ。勘定は気にしなくていいから。ああでも藤吾」
と梶原が部屋から出る間際に振り返った。
「明日休みだからって、あんまり苛められるなよ?」
そうにやりと笑う。それに、藤吾は赤くなって、固まった。
その上、それは思う存分可愛がれってことだな、と隣で映が呟いたのが聞こえて、もう何も言えなかった。
梶原と橋野が帰ってから、二人で少しゆっくり飲んで、それでも一時間ぐらいで座敷を出た。緊張が解けた二人は、良く食べ良く飲み―――藤吾は酔っ払ってしまった。橋野が居たときに、既に勧められていつもより量を飲んでいたのに、映も「ここの酒は美味い」と勧めるものだから、藤吾はとっくに許容範囲を超えていたのだ。もちろん、映からしてみれば、酔ったらどうなるんだろう、という好奇心があった。
とろん、と焦点が合っているのかいないのかわからないような目も、赤くなった目元も、微笑みがちな口元も、美味しそうだと映は舌なめずりをしかねない勢いだった。いつも職場の先輩達に酔わされるのだ、と言っていたことを思い出し、これからは人前では酒は飲まないようにお願いしなくては、と決意する。
タクシーに乗って、二人は映の部屋に向かった。藤吾の部屋の方が近かったが、何しろ小心者の藤吾は近所を気にしてセックスもまともにできない。そうやって必死に声を抑えて赤くなっている藤吾を見るのは映は嫌いではないが、あまり我慢させるのもつまらない。
藤吾はタクシーの中ではぼんやりしていて、気分が悪いとか眠いということはないようだった。ときどき、機嫌良さそうに小さく笑う。酔うと陽気になる、と映は聞いていて、だからこそ酔わせてみたいと思ったのだ。
「ほら、着いたぞ」
意識がしっかりしているようで、あまり周りのことは見えていない。だから、車から降りようとしない藤吾に、一足先に下りた映が外から手を差し出すと、藤吾はぽかんと映を見てから、ふいに、ふわりと笑った。
それから、映の手を嬉しそうに掴んで外に出る。普段なら、絶対にしないことだ。
―――まいったな。
映はその手を引きながら、顔が赤くなるのを自覚した。それも珍しいことで、でも、あの藤吾の笑顔に血が昇ってしまった。なんて顔をするんだろう。
酔うと、素直になる。それは、自分ではわからないのだろう。でも、そんなことを親切に教えてやる気は映にはない。普段自分を抑えてばかりの藤吾の素直な気持ちを、これぞとばかりに聞きたい、と思った。
「やだよ。シャワー浴びたい」
部屋に入ってすぐに口付けると、藤吾は赤くなりながらもそう言った。いつもなら真っ赤になって、弱々しく主張するところだ。
「一緒に入る?」
「狭いよ?」
じゃあ、新しい部屋は大きな浴室があるところにしよう。そう言うと、藤吾は目をぱちぱちと瞬かせた。
「新しい部屋。探すのに協力してくれるって、橋野さんも梶原さんも言っていただろ?それとも、藤吾はやっぱり俺と住むのは嫌?」
シャワーを浴びて酔いが醒めては困る。映はさりげなくベッドに藤吾を誘導しながら、囁いた。残念ながら、抱えて運ぶことはできそうにない。
藤吾はぷるぷると頭を横に振ると、目を潤ませた。
「わ、なんで泣きそうになってんだよ」
「だ、だって……本当に?俺が映と住んでいいの?」
いいに決まってる。まだそんなことを言っているのかと思った映は、ゆっくりと藤吾をベッドに押し倒しながら、「俺が一緒に住みたいんだ」と言った。
「帰ってきたときに、藤吾が迎出てくれたら幸せだろ?反対に、藤吾が帰ってきたときにおかえりって言ってやれたら、最高だろ?」
だいたい、一緒に住めばどこかに帰さなくてもいいわけだし、と映は耳元にキスを繰り返す。その頃には、シャツなんてすっかりはだけられて、ズボンのベルトも外され、脱がされる寸前だ。絶対藤吾の方が体格もいいし体重も重いのに、どうしてこうも毎回、いいように脱がされるのか不思議だった。
「藤吾は、何が不安なんだ?」
映がキスをだんだん下に落としていく。首筋をきつめに吸い上げると、藤吾が細い息を吐き出した。いつもなら、痕が残ると騒ぐところだが、酔っているせいか今日は敏感に反応しているだけだ。せめてこれくらいの痕は残さないと、あの二人にあとでちょっかいを出されるだろう。
「藤吾?」
キスを身体中に落としながら、ズボンとパンツを一息に引き抜く。脱がしやすいようにと下半身がふわっと浮いて、映はその協力的態度に感激した。
「何が不安?」
不満なのではなく、不安。その辺りを勘違いしてはいけないのだと、今日、映は学んだ。
「ん……んっ」
「藤吾、教えて」
酔って敏感になっている所為ですっかり立ち上がったそこを、するりと撫で上げる。名前を呼ばれて、思わずその方向を見てしまった藤吾は、かあっと身体中を赤くした。その細く美しい手が絡んでいるのを見ると、堪らなくなってしまうのだ。それを満足そうに眺めながら、映は手はそのままに、藤吾に圧し掛かる。
「あ、あ……」
言ってごらん、と耳元で囁かれる。同時に、耳たぶをはくりと食まれて、藤吾はぎゅっと目を瞑った。
「だって……」
「だって?」
ぐりっと先端を嬲ると、ひあっと藤吾は喉を仰け反らせた。
「あ、映、嫌になるかも知れない……幸せなことは、少しずつにしないと、んっ……欲張っちゃ、駄目……」
ううっ、と藤吾は耐えるように目を閉じてから、ゆっくりと縋るように映を見た。映はその首筋に、噛み付くように口付けた。
「ひやっ……あ、やっ……あき、映」
手の動きも緩慢なものから急に激しいものに変わって、藤吾は嬌声を上げた。でも、映は解放を許さず、堰き止める。
「やだ、映……う……」
藤吾が悪いのだ、と映は内心苦笑する。無意識の無自覚だから余計に始末が悪い。そんな目で、自分を見るのだから。
「一人でいくの、嫌なんだろ?」
藤吾はいつも、一人で先にいかされると泣きそうな顔をする。その方が楽だろうと思って映はするのだが、本当はそれが嫌なのだと思っている。案の定、素直な今日の藤吾は、目を潤ませながらもこくりと頷いた。
「い、一緒が、いい」
可愛い。可愛い、藤吾。どうして、あんなに心配するのだろう、と映には不思議でならない。もう、自分はこんなに溺れきっているのに。
藤吾の答えに満足して、映はご褒美とばかりに後ろに指を伸ばした。周りを撫でながら、もう片方の手で潤滑剤を取ると、その手に垂らす。びくりと、藤吾の身体が震えた。
映の手は綺麗だ。細くて、白くて、長くて。それを見ているだけでも幸せな藤吾は、その指が自分の中を弄ると思うと、いつも恥ずかしくて堪らない。でも、自分でやるといっても映は絶対に許してくれない。
そうやって、丁寧に準備されたことはなかった。藤吾がセックスをした相手は、もっと即物的で、挿れられる本人が準備をするのが当たり前の人間だっていたし、藤吾もそれで良いと思っていた。これだってセックスのうち、俺の楽しみを取るな、とにやりと笑った映に、藤吾は泣きそうになったものだ。
「あき、映」
指だけで散々喘がされて、藤吾は根を上げた。もう欲しいのだと目で訴えると、映が微笑む。
「あの、今日は、そのままでいいから」
目をあわせられない。藤吾は枕に顔を押し付けながらそう言うと、するりと足で映を誘った。
「そのままって?生でいいって?」
こくこくと、頷く。映はにやける顔を抑えきれなかった。
「じゃあ、あげるよ。……藤吾、俺、すごい幸せ」
囁きを耳に吹き込みながら、ゆっくりと身を沈める。このときだけは必死に耐える藤吾がかわいそうでならない。気が逸れるようにと、口付けたり撫でまわすが、違和感は絶対に拭えないと映も知っている。それでも受け入れてくれることに、どれだけ幸せを感じているか、藤吾はわからないのだろうか。
「あのな、こうやって藤吾を抱くたびに、俺は幸せだよ?幸せなんて、限りあるもんじゃないんだよ。欲張りなんじゃない。享受すべきものなんだ」
わかる?と言いながら、ゆっくりと腰を動かし始める。藤吾はただ、必死でこくこくと頷いた。
自分の快楽だけを追及するのではない、映の動き。そうやって、セックスと言うのは二人でするものなのだと、当たり前のことを、藤吾は映に教えてもらった。
映はそうやって、幸せになる何かを、教えてくれる。
そう思うと涙が止まらなくて、それが余計に映を煽っていると気付かない藤吾は、翌日は死んだように眠るのだった。
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