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ゲーム


2nd.stage

06
「どーして俺が誘うと嫌がるくせに、ヨシュアだと来るんだよ」
 と、座っているところを後ろから首に腕を回されて締められたサキは、苦笑しつつさらりと言い放った。
「だって、この間はクリスのかっこいいところ、見られなかったから」
 ヨシュアと話をして落ち着いたあとは、サキは良くこうしてヨシュアの仕事を手伝っていた。カメラマンだと言ったヨシュアに、サキはぽかんとして、なんで?と思わず言ってしまった。
 ―――なんでって……えーと、興味があったから。
 ―――ヨシュアがカメラマンって……モデルが可哀相。
 そう呟いたサキに、ヨシュアが情けない顔をする。サキとしては、別にヨシュアの腕を信用していないわけではなく、下手をすればモデルよりモデルらしいヨシュアがカメラマンでは、嫌だろうな、と思っただけだ。でも、本人目の前にカッコイイというのもなんだか、と思って、サキは大幅に言葉を省略してしまった。それで、一度見せてやる、と連れて来られてから、夏休み中ということもあって、なんとなく手伝うことが多くなった。
 そうと言って、実は二人はまだ恋人同士でもなんでもない。互いに引きずっていた過去をようやく落ち着かせ、それだけでまず満足だった。それに、お互いがお互いを想っているとは考えていないあたりが、どうしようもない、とクリスもキースも思うが、慌てても仕方がない。ゆっくり、今度はすれ違わずに、二人で二人の道を探していけたらいい。
「クリス、機材の近くでふざけないでくれ」
 ヨシュアが不機嫌な声でそう言うと、クリスは首を竦めて立ち上がった。サキが自分は悪くないのにごめんと謝って、ヨシュアが「悪いのはクリスだろ」と笑う。
 その柔らかい笑みを見て、なんだか、とクリスは思う。正直、歯がゆいところもあるのだ。想いあっているのに、通じていないなんて。
「暑いな」
 キースが不機嫌そうにスタジオに入ってきた。暑いから、ではない。今日はモデルの代理を拝み倒されたのだ。ヨシュアにも、クリスにも、さらにはサキまで引っ張り出して。
 クリスとキースが控え室に入っていって支度を始めると、ヨシュアも機材の組み立てを始めた。ファッション写真の因果で、今日は秋冬物の写真を撮ることになっている。真っ黒と真っ白を背景に三パターン。少し長くなりそうだった。
 機材を組み立てながら、その日のコンセプトを頭の中でイメージに変換させていく。そのヨシュアを見るのが、サキは好きだった。手は素早く的確に動いているのに、どこか違う世界を見ているヨシュアは、獲物を狙う肉食獣のような目をしていて、どきりとする。写真を撮っている間も同じような目で、サキはときどき、モデル達に嫉妬しそうになる。
 キースは始終不機嫌だったが、撮影が始まると、素人とは思えないほど的確に動いた。もちろん、長年の付き合いであるクリスと一緒だったこともあるだろう。
 スーツを素肌に着たクリスと、ネクタイを締めたかっちりとしたスーツを着こなすキースと。二人が秘め事を楽しむように絡み合うのは、直接的ではまったくないのに、とても艶かしい。傍で知らない人が見てさえ、二人の間の特別な関係を揶揄してしまいそうになるほど。
「羨ましい」
 ふとサキが呟いたのを、ヨシュアは聞き逃さなかった。黒パターンが終わって、着替えに二人が入ったときだった。
「二人が?」
「そりゃあキースは昔から器用だったけど、あの二人だからできることってあるんだなあと」
 今回のコンセプトに、クリスが我侭を言ったのも、ヨシュアがそれにのったのも、わかる気がした。あんな濃密な空気を、クリスはキース以外とは作れない。
「……サキには、いないのか?」
 声がした方を振り向くと、ヨシュアがカメラを構えていた。反射的にそれから顔を逸らして、サキは何が?と聞く。ヨシュアにカメラで覗かれていると思うだけで、サキは堪らなかった。あの目で、見られているのかと思うと。
「サ、キ……」
 声が掠れて、やばい、と手を口に持っていったヨシュアは、目を泳がせた。レンズ越しに、逸らされて露わになった首筋が、さあっと赤くなったのを見て、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「ヨシュア?」
 どうも様子がおかしいと振り向いたサキには、もう普段のヨシュアしか見えなかった。それでも視線は合わされず、逃げるように次の仕事に取り掛かったヨシュアに、サキは小さくため息をついた。
「何やってんだかあの二人は」
 着替えて出てきた先にヨシュアとサキを見つけたクリスがそう呟いて、苦笑を漏らした。見てるこっちが恥ずかしい。そう言いながら、キースの肩に片肘を乗せている様は、撮影中とあまり変わらない。
「まあ、サキの気持ちもわからないでもないかな」
 くすくすと笑うキースに、クリスはおや?と言う風に眉を上げて間近の整った顔を見上げる。
「サキはヨシュアが撮影するときの目を知ってるからな。あれには俺も嫉妬する」
 キースはそう言って、惚けたように赤くなっていくクリスを余所に、すたすたと歩き出した。突っ立っているクリスに、始まるぜ、とにやりと笑う。
「撮影前に言うなよ、ばかやろう」
 悔し紛れにクリスはそう言って、思いっきり絡んでやろうか、と思いながらその後を追った。
 白背景のパターンは服の着こなしはクリスとキースが逆になって、クリスがクラシックに、キースが遊び人風に、といつもは見られないパターンになっていた。クリスのクラシックな服は、まだ見慣れている。でも、キースの眼鏡もかけていない、髪もかなり崩して、さらに素肌にさらりとスーツを羽織って……と言う格好は珍しく、サキでもぼうっと見上げてしまった。
「サキってば、何て顔して見惚れてくれてんの?」
 キースがそう笑うと、いつもの嫌味な笑いがまたその格好に似合っていて、サキは苦笑した。
「キースって、結構遊び人だったんだ……」
「おいおい、これは衣装。俺はいたって真面目だって、サキは良く知ってるだろ?」
「いや、「実は」ってやつで」
 そこまで言うと、そうそう、とクリスから合いの手が入った。普段真面目ぶってんのが一番やばいんだって、などと失礼極まりないことを言う。
「ふーん……なんなら、確かめてみる?」
 キースが、サキの耳元で甘く囁くように言う。さすがのサキも、見慣れない所為で、さっと赤くなった。
「遠慮しとく。あっちが怖いから」
 それでもそう言って、ちらりとクリスを見ると、剣呑な目をして、キースを見ていた。サキは小さくため息をついて、キースを睨む。
「何煽ってんの?」
「誰を?」
「クリスと上手く言ってないの?」
「いや、それはすこぶる順調だけど」
 だったら、どうしてこんなことをするんだ、とサキは思ったが、昔からキースのすることは良くわからないことが多い。
「知らないよ。クリスって結構嫉妬深いと俺は思うんだけど」
「よーく知ってます」
 キースがそこで笑って、始めるぞ、というヨシュアの不機嫌な声に、ようやくキースはサキから離れていった。
「何煽ってんの?」
 撮影が始まってすぐに、サキと同じ質問をクリスがした。
「誰を?」
 同じ答えを、キースは返す。もちろん、クリスの方が正解だと知っているのだ。
「ヨシュアの目、見た?怖いったら。おまえに噛み付く思ったよ」
 やめてよね、俺の大事なもんなんだから、と言うクリスに、キースは撮影中だということを忘れて、思わず自然な笑みを零す。
「はいはい。気をつけます」
 別にキースも、あんなことをしようと最初から考えていたわけではない。でも、この服を三人に「無理やり」着せられたお礼をしなくては、と思っていたのだ。
 サキまで使って自分を引っ張り出した代償は高いのだと、教えてやらなくてはいけなかった。


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