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ゲーム


2nd.stage

07
 知らない人がたくさんいるところは苦手だったのに、サキは今ではすっかりヨシュアやクリスと一緒に、スタジオに入っていた。手伝ってもらうのに悪いから、とヨシュアはバイトにしてくれると言ったのだが、さすがにそれは気が引けて、サキは丁寧に断った。でもそれでは今度はヨシュアの気がすまなくて、結局、ヨシュアが食事を奢る、ということでその話は決着がついた。
 そんな風に慣れてくると、今度は色々なプロダクションから声を掛けられるようになって、さすがのサキも困っていた。サキは全く、自分がモデルなど出来るとは思っていない。身長はクリスやヨシュアやキースと大して変わりはないが、筋肉もなければ、美しい顔も持ち合わせていない。それを三人は、相変わらずだと苦笑していた。高校時代から、自分はこの三人とはかけ離れている、とサキが思っているのを知っていた。
 サキはいつもにっこりと笑って、柔らかく、丁寧に断りを入れるが、その押しに弱そうな感じが実は曲者で、堅い意思は崩れないことが多い。三人ともそれを知っていて、サキの好きなように、と放っておいたのだが、一人だけ、やたらとしつこい輩がいた。
「一回で良いよ。そうしたら、君もきっとわかるから」
 今日は彼の事務所所属のモデルではない、と聞いていたのに、なんでこの人がいるのだろう、とサキは思いながら、心底困った顔をして首を振る。何度も、何度も繰り返したことだ。
「ですから、僕には無理です」
「無理かどうかなんて、やってみないとわからないじゃないか。君は絶対大丈夫。なんと言っても、この俺が保証する」
 そう言う男も、少し年はいっているが、切れ長の目が涼しそうな、整った顔をしていた。サキがあとで聞いたところによると、この男もモデルをしていたとかで、今は自分の事務所を立ち上げるために、色々な新人をスカウトしているのだと言っていた。
「保証されても……」
 サキには、モデルをする気は少しもないのだ。今いる大学の学部は社会学部で、将来は新聞記者になりたいと思っている。それを言うと、クリスやキースでさえ驚くから、サキは滅多に他人に言ったことはなかったが。
「一回でいい。それでも君が自分がモデルに向いてないって思うなら、それで諦めるから」
 悪い人ではないと思うのだが、サキはそのしつこさにため息をついた。何度言われても、同じだ。いい答えなど返せない。
「ミスター・オブライエンもなかなか粘りますね。でも、こいつは駄目です」
 どうしたものかと思っているところに、そっと肩を抱くようにして、ヨシュアが現れた。どうやって開放してくれるのかわからないが、とりあえず今のこの状況から助けてくれるならそれでいいと、サキはほっと息をついた。
「ヨシュア!君も一緒にどうだい?」
「そう言うこと言うと、二度とお宅のモデルさんたちを使わないって言いませんでしたっけ?」
「ああ、それは勘弁してくれ。まずモデルに怒られる」
 ヨシュアと仕事をしたがるモデルは多い。なんでも、撮られるのがとても「気持ちがいい」のだそうだ。
「でも、この子も駄目っていうのは……?」
「こいつは、俺専属なんです」
 さらりと、本当にさらりとそう言われて、こいつって言い方はないだろう、と思っていたサキは、思わず顔を赤くした。
「ということで、もう諦めてくださいね」
 ヨシュアはそう言うと、固まるように立ち尽くしたサキを引っ張っていった。残されたオブライエンは、それならそうと早く言ってくれれば、ととても残念そうに呟いていた。


「あの、ヨシュア」
 腕を掴まれて、どんどん歩いていくヨシュアに、サキはそっと声をかけた。怒っているような気がしたのだ。
「ああ、ごめん。まったく。ミスター・オブライエンもしつこいな」
 ヨシュアはそう言いながら、ぱっと手を離した。サキはそれにほっとしつつも、消えた温もりを少し残念にも思っていた。
「いや。助かった。ありがとう」
 そう微笑むサキに、ヨシュアはふいっと顔を逸らす。なんだかやはり怒っているようで、サキは俯いた。よく考えれば、好意で手伝わせてもらっている上に、仕事の邪魔になるようなことをしたのだ。怒られても仕方がなかった。
「あの」
 謝ろうとしたサキより早く、ヨシュアの「ごめんな」と言う言葉が降ってきて、サキは、え?と顔を上げた。そこには困ったように笑った、ヨシュアの顔があった。
「勝手にあんなこと言って、悪かった。でももしサキが嫌じゃなかったら、今度からああ言ってしつこい連中は追い払ったらいい」
 ヨシュアはそう言って、ああいけない、始めないと、と駆け足で戻っていった。残されたサキは、あんなこと、が「俺専属」のことと思い至って、再び顔を赤くしていた。ヨシュアが優しいことなど、とっくに知っている。それなのに、何を赤くなってるのか、と自分に苦笑する。
「サキ、さん?」
 呼ばれて、一人突っ立っていたことを思い出して、はっと我に返ったサキの振り返った先には、美しい少女がいた。後で聞けば、サキと変わらない年だと言うことだったが、高い身長があってなお、彼女は少女のような雰囲気を持っていた。
「サキさん、ですよね?私、メリッサ」
 よろしく、と綻んだ笑顔につられるように、サキも笑って頷いた。
「あの、何か?」
 スタジオでは撮影が始まったようで、サキは小声で話した。それに気付いて、メリッサはサキを手招きする。そういう一つ一つの動作がまるで水の中のようで、サキは思わず息を吸い込んだ。
「あの、何でしょう?」
 控え室に招き入れられて、サキは急に落ち着かなくなった。知らない人と二人きりと言うのは、とても苦手だ。
「突然声を掛けてごめんなさい。ただ、さっきのヨシュアの専属って本当かしらって聞きたかったの」
 メリッサはふわりと笑う。今日の衣装なのか、白いコットンの飾り気のないドレスが、その美しさを助長していた。
「あ、あれは、えーと、実は逃げる口実です」
 別に彼女になら話しても平気だろう、と思って、サキは正直にそう答えた。少女のような笑顔に、嘘がつけないというのもある。子供の無邪気な笑顔に、罪悪感を覚えるような感じだ。
「あら。そうなの?」
「え?」
「私はてっきり、本当かと思ってたわ」
 そう言って、くすくすと笑う。サキは居心地が悪くて、早々に退散しようとした。それなのに、メリッサは椅子を勧めてくる。
「本当に、モデルをやる気はないの?」
「ありません。と言うより、向いていないでしょう?」
「あら、どうして?」
 どうしてと言われても困るのだ。自分は、出来ないと思うし、やってみたいとも思わない。
「私はあなたと仕事をしてみたいわ。ねえ、どうかしら?」
「え?」
「ヨシュアに撮ってもらいましょうよ」
「ちょっと待ってください」
 サキがそう言うのに、メリッサは立ち上がって、さっさとドアに向かう。その途中で思い出したように立ち止まったかと思えば、くるりと振り返って、サキの腕を掴んだ。
「あのっ」
 今だ水の中を漂うかのような仕草なのに、掴まれた手の強さは普通の女の子より強いかもしれない。
「ヨシュア、私、今回この子と撮りたいわ」
 一つパターンが終わったのか、つかの間の休憩を取っていたスタジオに、メリッサの無邪気な声が響いた。

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