たった一つ欠けたパズルの破片を持っているのは君だろう?
08
「それで、結局一限目をサボって何してたのかなあ?」
昼休みになって、俺と深山で昼食を食べていると、宮古を先頭に執行部の連中がまたやってきた。だからさあ、うるさくなるから寄るなよ、と俺は呟く。
「何って……屋上でだべってただけ。広に聞けばわかるだろ、そんなこと」
今日のC定食、ギリシャ料理のムサカと名のついた、ナスのミートソースグラタンのようなものを食べながら、俺はうまい?と聞いてくる広に、食べる?とフォークを差し出した。
学食には基本的にA、Bの二つの定食しかない。あとはうどん、ラーメンと言った麺類、パンやおにぎりといった、軽食と飲み物、「おやつ」が買える。定食と麺類は食券で、他のものは現金または専用カードで買う。ただここのメインシェフが―――九重の卒業生なのだが―――巷にもレストランを持っていて、俺たちを良く試食台にする。良いところのお坊ちゃんもいて、舌の肥えた奴も多いからだろう。それが、C定食なのだ。
俺の前に座って、フォークを受け取ってナスを口に含んだ広は、なんか普通のナスのグラタンだ、と言った。うまいけど、と付け足しつつ。
「……海田に聞いても、同じだろうどうせ」
宮古がそう言いながら広の隣に座る。
「事実は一つしかないからな、報道部長」
広がにやりとそう笑う。俺としては、ないことないこと書かれてもいいんだけど、なんて言いながら。
「ないことないこと……って、甲斐性なしだな。白虎の名が廃るんじゃない?」
深山がふと呟いて、俺は思わず隣に座る奴を見つめてしまった。穏やかそうな顔をして、なかなか言うじゃないか。
「ふーん。東の長がそう言うなら、今日あたりおひーさんをお借りしようかなあ」
深山の挑発を受けるように広がそう言って、俺を見ながら目を細めた。それに、思わずどきりとする。
「どうぞ。返してくれるならね」
深山は笑ってそう答えた。でも、俺はとっても面白くない。
「あのさあ、本人抜かして勝手に話しないでよ」
俺が機嫌悪くそう言うと、広がお前が悪いんだからな、と言った。
「姫宣言、もうちょっと後にしてくれればなあ」
広のその言葉に俺はさらにむっとする。姫になれって言ったのは広だ。
「いや、良いタイミングだった。あれで盛り上がったし」
そう言ったのは瓜生だった。その言葉に隣で佐々野も頷いている。
「海田には悪いけどな。まあ、姫をものにしようって言うんだから、少しは苦労しろ」
「だから、姫になる前がよかったのに」
広がそう言って、みんなが苦笑した。俺はなんだか恥ずかしくなってきて、目の前の食事に精を出す振りをした。
ふとそのとき、俺の隣に立つ影があって、顔を上げると、今朝方の西寮の生徒たちが立っていた。昨日、俺を助けてくれた子達だ。
「食事中すみません。ちょっとだけいいですか?」
ずいぶんと礼儀正しい、と俺が感心して頷くと、彼らがぱっと笑った。
「あの、俺達西なんですけど、それでも先輩を姫としてお守りしていいですか」
先頭に立つ生徒―――確かテニス部の鼎(かなえ)と言った―――が、かなり緊張した声でそう言う。俺はその緊張振りに思わず笑い出した。その場に立っている、一緒に来た他の後輩がみんな、そんな俺に顔を見合わせているのがわかったが、俺は笑うのを止められなかった。
「えっと……先輩?」
「いや、ごめん。二年はやっぱり可愛いなあと思ってさ」
俺がそう言うと、みんなさらに顔を見合わせる。鼎は、先輩に言われたくないです……などと呟いた。
「あの、あいつらもすごい反省していて、っていうかもう重藤先輩の信奉者みたいになっちゃって……今朝のことで、そういう西の奴、一杯いるんです」
鼎の後ろにいた生徒が、必死な感じでそう言う。だからそれが、可愛いんだって。
「信奉者って大げさな」
俺がそう言うと、みんな勢いよく首を振った。
「本当です。今朝の先輩、本当にカッコよかったから」
くすぐったいなあ、と俺はだんだん恥ずかしくなってきていた。それで首を竦めると、深山が助け舟を出してくれた。
「もともと、今年は西に姫がいないから、東だけでも立てないとなって、大庭とは言ってたんだ。まあそういうことだから、うちの姫をよろしくね」
深山がそう言うと、食堂中に歓声があがった。びっくりして周りを見ると、二階からも生徒が乗り出しているし、みんな俺達のほうを向いているのがわかった。
今日は朝から視線に晒されてる。
俺がそう思いながら呆気に取られていると、目の前で広が大きなため息をついたのがわかった。それから俺と目が合うと、苦笑いを浮かべる。
「やっぱさ、今晩俺の部屋に来い。それで、朝帰りでもして報道部に騒いでもらおう」
囁くようにそう言う。笑っていても、なんだか不安そうで、俺は馬鹿だなあと呟いた。
春姫はみんなのものかもしれないが、重藤千速はたった一人のものだ。広はそれをわかっていない。そう思うと、なんだか俺は広が可愛くて仕方なくなった。大丈夫って言っても、手を離すと泣きそうになっていた小さい広とその姿が重なる。可笑しくなってくすくす笑う俺に、宮古が呆れたように言った。
「朝帰りなんて昨日のうちにしてるだろ、お前ら。なんか腹立つなあ。海田の思い通りになんて記事書かないからな」
そう言いながらうどんを啜る。
「え?あの、海田統括と重藤先輩って……」
すっかり忘れていたが、俺の隣には鼎が立っていたんだった。俺は思わず「あっ」と声を上げたが、広はにやりと笑った。
「東のおひーさんを守るのは感心するが、千速に手は出すなよ」
そう言った広の言葉に続けて、宮古が「もうお手つきだからねー」と笑う。それに、食堂が静まり返った。
「ええー?!」
鼎がそう叫ぶと、がっかり、と肩を落とす。俺は呆れて、固まっていた。
こうして、俺達の仲は公認になった。広はとても満足そうだ。
俺はと言えば、なんだかあまりな展開に、ただただ、ため息をついたのだった。
西の秋姫。
東の春姫。
誰がつけたのか知らないが、こうして九重生は守るものを手に入れた。
でも、姫だって守られるだけではない。
姫は、守られながら、たった一人のために命を賭けるのだ。
たった、一人のために―――。
了
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