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君を愛する理由(わけ)などいらない。 第二話
06
 真崎、といやに真剣な声で呼ばれて振り返ると、その声に負けずに真剣な顔の藤川が立っていた。真崎は出かける間際で、玄関に立ったまま何?と答えた。
「あのな、セックスのとき、いれられるのって痛いか?」
 唐突な言葉に、真崎は一瞬瞬きも忘れて藤川を見つめた。一体、何を言い出すのだ。
「何、突然。悪いけど俺、これから出掛けるんだよ。くだらない話は後にしよう」
 今更好奇心なのか、興味なのか、どうでもいいが、真崎はそんな話に付き合う気はなかった。もう習慣のように、藤川を欲しいと思うたびに誰かの部屋に真崎は行く。その前に、セックスの話など藤川としたくはない。
「くだらなくない」
 それでも藤川はそんなことを言って、すたすたと真崎の傍まで歩いてきた。そして、サンダルを履くと、真崎とドアの間に立った。
「俺はね、絶対二人とも気持ちがいいのがいいんだ。痛いなんて論外」
「俺だってそうだよ、サドマゾじゃあるまいし」
 真崎は呆れつつ、藤川を避けるようにドアノブに手を伸ばした。
「じゃあ、痛くないんだ?」
「慣らせばね。あのな、俺本当に」
「じゃあ、しよう」
 忙しいから後にしてくれ、という真崎の懇願の言葉は、藤川の声に遮られた。真崎はぴたりと動きを止めて、わが耳を疑った。
「藤川……?」
「絶対、痛くないようにするから。いいって言うまでいれないから」
「何言ってんだ?気持ちが伴わないセックスはしないんだろ?この間で凝りたんじゃないのか」
 藤川の意図が全く読めない真崎は、半ば呆れ、半ば怒りながらため息を吐いた。そういう、残酷すぎることを言うのはやめて欲しい。
「今度は、後悔しないよ。そんな気がする」
「気がするって……」
「おまえ、これから誰かのところに行くんだろ?俺は、それが嫌なんだ。おまえが誰かに抱かれるくらいなら、俺が抱く」
 きっぱりと言った藤川を、真崎は呆然と見つめた。じっと真剣に見つめてくる目は、嘘など言っていない。大体、藤川は嘘はつかない。
「嫌か……?」
 何も言わずに呆然と立っている真崎に、藤川は不安になったのか、途端に弱気になった。その目に、ああ駄目だ、と真崎は思う。
 深く息を吐きながら藤川の肩に頭を乗せると、藤川の裸足の足とサンダルが目に映った。色気も何もないな、と微かに笑う。
「真崎……?」
「嫌なわけないだろ。どれだけ焦がれてきたと思ってんだ」
 誰も、決して誰も、真崎を満足させることはできなかったのだ。それが、藤川ではないと言うだけで。
「後悔、するなよ」
「しないよ」
 藤川が、さらりと真崎の髪を撫でた。それだけで、身が震えるほど嬉しかった。
「やばいなあ……」
 真崎が思わず呟くと、手が止まる。
「何が?」
「後になって、やっぱりなしって言っても駄目だぞ」
「それはこっちのセリフだよな」
「いーや、こっちのセリフ」
 玄関先で、そんなことを言い合う二人は、思わず顔を見合わせた。それから、お互い苦笑する。
「本当に、いいんだ?」
「しつこいよ、おまえ」
 藤川が、拗ねたように言って、こつりと額を真崎の額に押し付けた。それから、にっと笑う。
「顔、赤いよ、真崎」
「おまえな……」
「暴走したら、止めろよ」
「馬鹿が。しないだろ」
「んー……ちょっと保証できない」
「なんなんだよ」
「おまえが悪いんだろ」
「なんで?」
「こーんな可愛いなんてなあ」
 藤川のそのセリフに、ますます顔を赤くした真崎は身を引いて口元を手で覆った。
「ほら、行くよ」
 にやにやと笑いながら、藤川が手を差し伸べる。真崎は大きくため息を吐いて、それでもその手を握った。
 今その手を取らなかったら、永遠に失う気がした。


 藤川の手は麻薬のようだ、と真崎は思った。触れるところ全てが、その温かさを求めてしまうのだ。
 笑いながら、キスをした。心臓ばかりが高鳴って、壊れるかと思ったが、そのうちそのキスに夢中になった。そっと触れる手の温かさに、ひどく安心した。それから、藤川の優しい目に、呆然とする。
 言葉なんていらない、と真崎は思った。触れるところから、藤川の優しさも、愛しい気持ちも、みんな注ぎ込まれているようだった。だから、出来る限り触れていたくて、全身を密着させるようにしたら、動けないよ、と笑われた。
「藤川……気持ちいい」
「まーだまだだよ」
 藤川がそう言って笑う。本当に、全身おかしくなったんじゃないか、と思うほど、その温もりを求めていた。
 その手が、真崎の中心を柔らかく覆うと、それだけで真崎は思い切り背を反らせた。するりと撫でられて、喉の奥から悲鳴をあげる。
 どうなってしまったんだろう、と真崎は自分の身体を疑った。敏感すぎて、おかしい。
 藤川の手は戸惑いなく、真崎の全身に触れていく。ときおり、主張している藤川自身が擦れて、その生暖かさに真崎は眩暈がした。
 ああ、触りたい、とそれに手を伸ばすと、藤川がにっこりと笑って触りやすいように体勢を整えた。
「……舐めたい」
 手では物足りなくてそう言うと、藤川が一瞬硬直する。
「だめ?」
「うーん、だから、暴走しちゃうじゃん」
「嫌なんじゃなくて?」
 それを言えば、藤川が折れるとわかっていて真崎は言う。藤川は真崎を睨みつけて、じゃあ俺が先にする、と言い出した。それには、真崎が内心で慌てる。そんなことをされたら、速攻で果てるだろう。
「無理すんなって」
「無理じゃないよ」
 言ったが早いか、真崎をぱたりと後ろに倒して、藤川がぱくりとさっきまで手で撫でていたところを咥えた。
「ちょっ、藤川っ」
 かあっと、全身に血が昇った。思わずぎゅっと目も口も閉じると、藤川が喉の奥で笑ったのがわかる。
 待ってくれ、と真崎は声に出さずに叫んだ。こんなのは堪らない。
「やばいっ……て」
 真崎が必死にそう言うと、咥えたままの藤川が、いっていいよ、とくぐもった声を出した。
「ばっ……しゃべんなっ」
「うーん、出来ちゃうもんだねー。やっぱり愛があれば平気かな」
 藤川が、ぺろりとそれを舐めながらそんなことを言う。
 真崎は全身を真っ赤に染めたまま絶句するしかなかった。ぞわぞわと背筋を這い上がる快感に、やばいやばい、と頭の中でそれだけを繰り返す。
 愛って……と突っ込みたかったのに、ぬるりと再び温かい口腔に犯されて、くっと声を我慢した。
「可愛いなあ」
 しゃべるな、と言っているのに、藤川は楽しそうにそんなことを言っている。可愛いのはおまえだ、と真崎は頭の中だけで反論した。
 もういい加減やばすぎる。そう思った真崎は、足で蹴るように無理やり藤川を引き剥がすと、息を整えるまもなく、お返しとばかりに藤川のものを咥えた。
「わっ、って、蹴るなよおまえ」
「藤川が悪い」
「だーっ、しゃべるな」
 そうだろう?と真崎がにやりと笑う。やわやわとした刺激と、口でやられている、というのが実感できるから、喋られるときついのだ。
「真崎っ……おま、上手すぎっ」
 それは藤川より男を相手にすることにおいては先輩だ。あんな、魔法のような手は持っていないけれど。
「気持ちいい?」
「やばいって」
 必死に耐えている藤川を、真崎がくすくすと笑う。
「あ、ばかっ」
 藤川はそれだけ言うと、身体をぶるりと震わせて果てた。真崎がそれをみんな受け止めて飲むと、「まさきー」と情けない声がする。
「おまえにも飲めなんて言わないよ。俺はさ、おまえに狂ってるから」
 真崎がそう笑うと、藤川がふにゃりと覆い被さってくる。
「なんだよ?嫌だった?」
 ちょっと不貞腐れた感の藤川に、真崎が少しだけ不安になって聞くと、そうじゃなくってさ、と藤川が鎖骨辺りに吸い付いた。
「気持ちよかったよ。でも、なんか他の奴らもやられてたんだなあ、と思うとさあ」
「なんだ、嫉妬?」
「そうみたい」
 藤川はそう言いながら、真崎の全身を滑らかな手で触る。
 ずるいよなあ、と真崎は思う。そんなことを、どうして簡単に言ってくれるのだろう。
「あのねえ、俺、飲んだことはないよ」
「んー?」
「だからさ」
 そう言ったところで、足の付け根にきつく吸い付かれた真崎は、息を呑んだ。
「過去に嫉妬するほど馬鹿なことないってわかってるんだけど」
 藤川が顔を上げて苦笑する。それからまた、真崎の全身をくまなく触りにかかる。ときおり降りてくる口付けに、真崎は答えるのに精一杯になってきていた。
 欲しい、と切実に思う。いつもと同じように、でも、いつもよりずっと強く。
 藤川がゆっくりと、真崎の後ろに指を伸ばした。実は抱き合う前に、藤川たっての願いで、どうすべきかはきちんとレクチャーしていた。それでも不安なようで、ジェルをたっぷり塗った指を少し遠慮がちに推し進める。
「痛くない……?」
「大丈夫」
 息も絶え絶えの様子の真崎を、藤川が真っ直ぐに見ている。その目に、痛いのに我慢なんてしたら、すぐにわかってしまうだろうと真崎は思った。
 ゆっくり、本当に丁寧に指を埋められた。何度も何度も、痛みがないか聞いてくる。それに必死になって真崎は頷き返していた。
「藤川……もう、挿れろ」
「だめだよ。まだ二本目が入ったばっかり」
「大丈夫だから」
「だめ。俺は傷つけるのだけは嫌なんだ」
 藤川はそう言いながらも、ゆっくりと指を動かしている。
「もう、だめだって……頼むから」
 本数なんて言うんじゃなかった、と真崎は思い切り後悔していた。さっきまで舐めていたものがちらついて、思わず口の中を舐めた。
「藤川……欲しい……」
「まさきー。少し協力しろ。我慢できなくなるだろ」
「すんな、そんなもん」
 はあっと吐き出す息が熱くて、気が狂いそうだと真崎は思う。あの指が、自分を犯しているのだと思うと。それだけで、そこが伸縮するのがわかる。
「だめ、まじ駄目。藤川……」
 手を伸ばして、じっとみつめると、藤川が奇妙な顔をした。
「欲しいんだって。また蹴飛ばすよ」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
 どうしてそんなに忍耐強いんだ、と真崎は心中で悪態を吐きながらも、こくこくと頷いた。
「痛かったら言えよ」
 藤川はそう言うと、そっと指を抜いて、それから慎重に自分をあてがった。そのあまりにゆっくりと慎重な動きに、真崎は背筋が震えた。
 優しく抱かれたことがないわけではない。でも、藤川に触れられることほど安心できることはない。
 智耶子の言っていた意味がわかった気がする、と真崎が思った途端、ぐっと藤川が入ってきて、思わず息を詰めた。それを藤川が見逃すはずがなく、動きを止める。
「真崎……?大丈夫か?」
「平気、だって」
 そんなこと聞くな、と思うが仕方がない。心配そうに眉根を寄せた少し情けない顔をした藤川を、真崎は笑った。
「おまえも可愛いよ」
 そう言うと、藤川はとても困った顔をした。


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