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君を愛する理由(わけ)などいらない。 第二話
07
 やはり、藤川の手は、体温は、麻薬のようだ、と真崎はその重みを受けながら思った。それも即効性だ。触れられるなら、全て触れていたい、と思う。
 二人して果てた後、ずるりと抜け出てようとした藤川を、だから思わず引き止めるようにした。こら、と怒られても、にやりと笑ったら動きが止まった。
「抜かずにもう一発?俺はおまえより体力あるからいいけどさ」
「大丈夫。俺はおまえより精力がある」
 そういうと、くくっと藤川が笑う。腹筋が揺れるその笑い方に、真崎は声をあげた。
「ごめん」
 そう言いながら、藤川は笑いを止めない。
「そんなに、面白い?」
「いや、それだけじゃなくって」
「何……だよ」
 途切れる言葉は、真崎が藤川を感じるからだ。意図的ではない細かな震えは、それはそれで堪らない。
「俺たち男なんだなあって」
 何を今更当たり前のことを、と真崎は呆れた顔をしようとしたが、快楽に負けて上手く出来ない。
「後悔した?」
「だから、しないって言っただろ」
 藤川が、真崎の首筋に顔を埋める。ようやく収まった笑いに、呼吸が少し早い。
「チャコにさ」
 そこまで言ったところで、藤川はごんっと殴られた。顔を上げると、真崎が睨んでいる。
「妬くなよ。なんだよもう、可愛いなあ」
「この状態で前の女の話題を出すのがどうかしてる」
「でもね、チャコのおかげなんだよ」
「何が」
「俺がわからないなら、真崎に聞けばいいって」
「話が見えねーぞ。何を聞くって?」
「俺が真崎を愛しているかどうか」
 どうしてそれを自分がわかるのだ、と真崎は眉根を寄せた。
「抱かれればわかる、とか言ってた」
 藤川がまた、真崎に体重を預けてくる。
「わかった?」
「何が」
「だからさ、俺が真崎を好きかどうか」
 わかるはずがない、と思いながら、それでも真崎は智耶子のにやりと笑った顔を思い出していた。
 言葉なんていらない。そう思ったのは、確かだ。
「藤川は?自分でわからないのか?」
 繋がったまま交わす会話じゃないな、と真崎は頭の片隅で思うが、だからと言って離すつもりもなかった。
「わかったよ。真崎だって、わかっただろ?」
「さあね」
 言葉なんて要らない、と言うのは嘘だ。こうして触れているときはいいが、離れてしまったときには、言葉がきっといる。真崎は少しだけ不安な気持ちで、答えをはぐらかした。
「セックスの方が確かだって言ったくせに」
「それを違うって言ったのはおまえだろ」
「なーんでわかんないかなあ」
 こんなに愛してあげたのに、と囁かれるような声が耳に届いた。真崎は、自分が泣き出す気がして、ぐっと唇を噛んだ。
「……足りねーよ」
「え?」
 まだ、足りない。真崎はするりと足を持ち上げて、藤川の背中で組むと、ぐっと力を入れた。それに、自分で喘ぐ。
「わかったよ。思い知らせてやるよ」
 藤川が、そう笑った。


「で?一晩中やってたのね」
 藤川にとって、智耶子は聖域であることに変わりがない。それなのにそんな言葉を吐いちゃだめだろう、と真崎は勝手なことを思った。
「……離れないし」
「離したくないし?」
 いじめるように惚気てみたのに、智耶子はにっこりとそう笑った。そう、きっと離れがたかったのは自分だ。現実なのかどうか、わからなかったのは自分の方なのだ、と真崎は思う。朝起きて、思わず間近の藤川の顔をじっと見つめてしまったのは。
 言葉に詰まった真崎を、智耶子はくすくすと笑った。藤川のことになると、本当に真崎は面白い。
「わかったでしょう?」
 笑いながら言う智耶子に、何が?と聞きながら、真崎は全く二人して同じことを聞く、と苦笑した。
「藤川とセックスしないのはもったいない、って私が言った意味」
 確かに、あの温もりを離した智耶子が真崎はわからなかった。それを言うと、わからないでしょうね、と智耶子が少し淋しそうに笑う。
「あ、でももう慰めてもらおう何て考えるなよ」
「まあ、けちね」
 智耶子が呆れた顔をして、真崎を見た。そこに、突然後ろから藤川が二人の間を割って入って来た。がしっと二人の肩を抱く。
「なーに話してんの?ったく二人は仲良いよな」
 拗ねているというより、面白がって言う藤川に、そりゃあねえ、と智耶子が藤川越しに真崎の顔を覗き込む。
 真崎もそれににっこりと笑って答えると、藤川が今度は面白くなさそうに「ちえーっ」と子供みたいに口を尖らせながら離れていった。
「なあにもう」
「どっちに妬いてんだか」
 二人がくすくすと笑う先で、藤川は空を見上げながらふらふらと歩いている。青い空に、雲が点在しているのを数えているようだった。その姿はまるで子供のようで、二人は柔らかい目でそんな藤川を見つめた。
「それはもちろん」
 智耶子のその言葉に、二人が自分の名前を挙げる。それに、智耶子が首を振って、今度は大きく笑った。
「やだ、藤川ってば信用ない」
 そんなことを言われても、と真崎が思っていると、藤川がくるりと振り返って、二人の所にふらふらとやってきた。それからそのまま、ふいに真崎の首筋に顔を近づけて、くんっと匂いを嗅いだ。唇が、触れるかと思うほどの距離で。真崎は全身の血が昇ってくるのがわかった。
「藤川っ」
 焦った真崎に、藤川はなんでもないようににっこりと笑った。
「昨日から思ってたんだけど、真崎って良い匂いするよな。なんかつけてる?」
 確かに真崎は、香水をつけている。それももう何年来、同じ物をつけているから、染み付くように香るのかもしれない。それにしても。
 真崎の答えも聞かずに、藤川はまたふらふらと歩き出した。真崎はただ呆然と、そこに立ち止まっていた。
「真崎、真っ赤よ」
「……うるさいよ」
 おかしい、と智耶子は込み上げる笑みを隠すことが出来なかった。あの真崎が、真っ赤になって、困ったように立っている。
「ま、苦労しなさい。あの藤川をものにしたんだから」
 智耶子はくすくすと笑いつづけている。真崎はまいった、と顔を手で覆いながら小さく息を吐いた。
 その二人に、「何してんだよー、早く来いよ」と、藤川が無邪気に手を振っている。
 もうすぐ、春になろうとしていた。






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