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サイレント・ノイズ 第五話
――盗マレタ声――

 
03

『いやに景気いいじゃないか。何を掴んだんだ?』
 端末からジェイクに連絡を取ると、小型ヘッドホンに、これでもかと言うくらいの大きなため息が聞こえた。それに、カイは苦笑する。最もシンプルで、それ故に掴みずらい電波を使っての交信で、相手の顔が見えないのが残念だった。
『久しぶりにプライベートな回線を使ってくるかと思えばそれか。少しは色っぽいこと言えないのか?』
 威勢のいいことは言っているが、声が少し疲れている。
『そんなこと言っていいのかなあ。ウォンに言いつけるよ』
 カイがそう言うと、どうぞ、などと余裕たっぷりな答えが返ってくる。薮蛇だ、とカイは思った。
『何を持ってるんだ、梅花は』
『カイ』
『どこだったんだ?梅花に熱烈なアタックをしてたのは』
『カイ、悪いことは言わないから、今回は手を出すな』
 ジェイクの低い声に、カイは片眉を上げる。顔が見えないというのは、便利だ。
『……どういうことかなあ。俺はね、梅花とリュウ先生が繋がってることさえ知らなかったんだよね、悔しいことに』
 端末の向こうで、ジェイクは何も言わない。
『時間がないんだ。そっちは自分たちを守るので大変でしょう?』
 カイがそう言うと、見くびるなよ、とジェイクが呟くのが聞こえた。
『時間がないのはわかってる。カイ、頼むから』
『ジェイク、俺が素直に言うこと聞くと思ってんの?せっかく一番安全そうな方向で動いてんのに』
 ジェイクの言葉を遮ってそう言うと、ジェイクの今日二回目の盛大なため息が聞こえた。
『青いラジオだ』
 諦めたように、ジェイクがそう言う。確かに、ここで教えなかったらカイはどんどん一人で危ない道を渡っていくだろう。教えたら教えたで、新たな危険に巻き込まれるのも確かなのだが。
『青い……ラジオ?』
 そんな名前をカイは知らない。思わず繰り返すと、ジェイクはそれ以上は教えない、と言うように、気をつけろよ、とだけ言うと通信を切断した。
「青いラジオ……」
 呟いてすぐ、カイは笑った。
 青いラジオ。ラジオコバルト。つまり、コバルト60だ。


 コバルト60は、なんでも屋だ。少なくとも、カイやジェイクの中の認識では、そうなっている。金儲けのためならなんでもする、この都市最大の闇組織だった。
 情報屋という仕事も、本当は合法ではない。ただ、黙認されている、という状態だった。でも、コバルト60は違う。犯罪者の集まりとまで言われる、盗み、脅し、薬物、果ては殺しまで請け負う、この街の本当の、闇だった。
 実態は、ほとんど知られていない。カイが持っている情報だけでも、かなり大きな組織だとわかるが、それがどれほど巨大なのか、誰も知らなかった。
 巨大組織は、上さえしっかりしていれば、確かに効率がよい。一人が一つの特技を持っていれば、いくつもの仕事をこなすことができる。カイなど一人でやっているフリーの身では、取れる情報も、持てる情報も限られる。それでも梅花に入らないのは、巨大組織はリスクが大きい、とカイは思っているからだった。もちろんそれより、一人の気ままさを好んでいるのが最大の理由ではあった。その気ままさ、というのも、リスクに関連してくることだろう。危ない橋を渡りかけている情報屋という仕事は、一度嵌るとなかなか抜けられるものではない。情報と言う、得体の知れない、物質的ではないものが商品なのだから、それは仕方がないだろう。忘れます、と言う言葉など、信用されない。
 どうしても抜けたいと思ったら、一人なら逃げられる。でも、組織からも情報提供者からも追われる身になるのは、嫌だった。カイは自分で、自分の道を決めたいのだ。
「くそっ」
 カイは思わず端末を叩きそうになって、すんでのところでその横のテーブルを叩いた。
 分かる範囲でのコバルト60の「隠れ家」を探していたのだが、多すぎるのだ。全く、知恵がある。多くあればあるほど、たとえ大人数で潰しにかかっても分散するし、少人数では、時間がかかる。その上、どこか一つに手を出せば、すぐにこっちの身が危なくなるだろう。
 時間がないのだ。カイは、エリカがリュウなしには生きていけないことを知っている。
「仕方ないな」
 カイはそう呟くと、別の端末を立ち上げた。そこから慎重に、梅花の端末に忍び込む。かなり長い年月をかけて作り上げた侵入路だった。
情報屋は、因果な商売だ。騙し、騙される。
「レベル7区……行ってみるか」
 梅花がリュウたちを探しているその情報を貰って、まだ手をつけていないところに行こうというのだ。
 外はもう、暗くなり始めていた。一層のこと、この全ての明かりの供給元を、切ってしまいたいとカイは思った。もしそれで、明日が始まらないというのならば。


 かなりのハイスピードで移動したのに、尾行者はしっかりとついてきていて、カイは小さく舌打ちした。体力は温存しておきたかったが、仕方なく、思い切り走る。一階上にあがるときは、普段ならあまりしない、無理なジャンプも何度かした。それでようやく、レベル7区域についたときは、尾行の姿はなくなっていた。数度、降りたり昇ったりを繰り返したために、息が上がっている。
 どこの、尾行者だろう。
 リュウとの接点を知った、コバルト60だろうか。カイはそう思ってみるが、どことなく様子を見る感じだったのを思い出して、首を捻る。コバルト60らしくないのだ。あそこはもっと、強引に物事を進める。考えながら、カイは頭をふるふると振った。とにかく今は、時間が問題なのだ。気に食わないが、尾行者のことはあとで考えればいい。
 レベル7地域は、あまり大きな特徴のない街だ。住宅街もあれば、企業街もある。どちらかというと、平和な街、という感じだった。街は綺麗に整っていて、静かだった。カイは暗くなって、人気のあまりない街を駆け抜ける。やはり、こういう街はあまり落ち着かない、と思った。ネオンが恋しい。
 昼間、リュウたちが攫われたと分かってから必死になって集めた情報では、このレベル7区域、南区のコバルト60の「ハウス」は、あまり使われたことがないようだった。その分、情報もない。
「あいつらなんでもありだからな、禁止された地下室を持ってるハウスもある。ここも怪しいな。地盤のいいところ選んでるだろ?」
 地下都市の地図作りが趣味と言う男のところへ行くと、そう言われた。カイにしてみれば、地下30階まで作られた都市の地盤がゆるいなどとは思いたくないし、補強は「完璧」にされているはずだった。それでも、地下室をつくることは確かに禁じられている。あたりまえだ。これ以上地下が作られていると思ったら、少し怖い。
「まあ、政府も地下室は持ってるはずだし。強くは言えないよな」
「げ。そうなの?」
「闇組織も政府も大して変わらないってことさ。権力があるかないかってぐらいだろ」
 男はそう言いながら、レベル15区域にあるハウスの見取り図を見せてくれた。外見のつくりや立地条件から見て、内部もたぶん似ているだろう、ということだった。
「報酬はいらないからさ、詳しいことわかったら教えてよ」
 そう言う男に頷きながら、無事帰ってこれたらね、とカイはこっそり呟いた。


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