サイレント・ノイズ 第五話
――盗マレタ声――
04
ハウスは、平和な家族が住んでいそうな、普通の家だった。四角い箱だ。珍しいのは、庭がついていることだろう。ただし、この辺りには金持ちが多いのか、周りの家にも庭がある。
ふらふらと周りを歩く。やって来たはいいが、さてどうやって入るか、が問題だった。庭には木々が植えられているから、そこに隠れて近寄ることはできるかもしれないが、一筋縄では行かない相手だ。屋敷にそう、すんなりと入れてもらえるだろうか。
焦らず、じっくりと機会を伺うしかないとカイは自分に言い聞かせる。それから、隣の家に回って、こっそりと裏から入ろうとした。
「……っ」
突然口と両手を押さえられて、引きずられる。尾行はやはりコバルト60の組織員だったのかと、今更放っておいたのを後悔しながら、顔が見えないことを幸いに、悔しくて眉根を寄せた。
「無謀だな。そんなんじゃすぐ捕まるよ」
嫌に落ち着いた声が、耳元でそう言った。無謀さも一種の売りなんだけど、とカイは思ったが、ふさがれている口から声は出ない。
「手、離すから騒ぐなよ。手伝ってやるからさ」
「手伝う?」
口からだけ手が離されて、カイはまだ振り向けない。
「そ。リュウとエリカを助けたいんだろ?だいたい、今君が行ったら相手の思う壺だよ。君も捕らえられる」
「どう言うことだ?」
殺されるのではなく、捕らえられる?
カイが思わず聞くと、一瞬の沈黙があって、微かに笑ったような気配がする。
「……情報屋の、カイなんてさ」
やっと手が離されて振り返ると、自分とあまり変わらないだろう年頃の少年が、にっこりと笑っていた。
「俺、そんなに有名だとは思ってなかったな」
カイが落ち着こうとそう軽口を叩くと、相手はさらに笑った。
「結構有名だけどね。赤毛のカイは」
そう言った少年は、ブルネットの髪に青い目をしているが、どうやらどちらも天然色ではないようだった。細いが、筋肉質な身体をしている。
「俺はファン。フリーライターってとこかな」
ファンがそう、手を差し出す。カイは瞬間途惑って、それでもその手を握り返した。
「忍び込むなら、明日の朝方だな」
壁際に座り込んだファンは、カイに隣に座るように促しながらそう言った。
「明日?駄目だ。早く助けないと。時間がないんだよ」
「時間がない?」
「……リュウとエリカを知ってるんだよな?」
「よくは知らないよ。ちょっと昔助けてもらったことがあってさ。時間がないってどういうことだ?」
ファンが煙草を取り出して、カイにも勧める。ずいぶん呑気なものだ。そう思いながらも、カイはありがたくそれをいただいた。
「明日の朝方ならどうして平気なんだ?」
カイはファンの質問には答えずに、口に煙草を咥えながらそう聞いた。先に火をつけたファンから、その火をうつしてもらう。すっと息を吸うと、粗悪なわりにすぐに先端が赤くなった。木々に遮られて、ほとんど明かりの届かない闇の中に、紫煙が漂う。月明かりの恩恵を受けられるのは、地上だけだ。それさえも、偽ものの明かりなのだが。
「ここら辺一帯が停電になる予定なんだ。奴らのことだから自家発電があるだろうけど、一瞬の隙はできる。それでまずは忍び込める」
「そんな予定あったかな……何時?」
「四時ちょうど」
あと、六時間はある。ファンの情報を信じるなら、その停電時に忍び込んだほうが確かにリスクが少ない。でも、それでは時間がなくなる。
「そんな予定は、作ったんだよ。俺が」
煙草の煙を吐き出しながら、ファンがにやっと笑う。カイは思わず、その顔を見つめた。
「いまいち俺、信用されてないなあ。まあ、わかるけど。計画を言おうか」
ファンはそう言うと、煙草を地面に押し付けて消して、その辺に転がっている石で四角を描いた。
「くそっ。見えないな」
そう言って、何度かなぞるように線を描く。
「平気だよ。俺、赤外線装置ついてるから」
「あ、そうか。OK。えーと、これが入り口で……」
ファンはそう言いながら、玄関や窓を描き加えていく。四角の真ん中に廊下が描かれ、両脇に三つづつ部屋が描かれた。
「この右の真ん中の部屋、ここから地下に降りられる」
「やっぱり地下があるのか」
描かれている部屋の様子は、カイが持っているレベル15区域のハウスとやはり似ている。ただし、地下室の入り口は奥の部屋だったはずだ。
「二人がいるのは地下だろうな、やっぱり。問題は、その地下にどうやって入るかってことだ」
「知ってるのか?」
「指紋か、目だな」
それじゃあ無理だ、とカイが言うと、それでも情報屋か?と言われる。
「あのな、普通はさあ、そう言うときは前もって同じもんを作るの。時間があればそれもできるけど」
だいたい、闇組織の情報を盗むなんてリスクの大きいことはしないのだ。
「ふーん。情報屋もあくどいね」
ファンはつい先刻言ったことを棚に上げてそんなことを言う。
「まあ、そこは大丈夫。何とかするから。とりあえず中に入ったら、離れるなよ。できればリュウを先に助けたいけど、臨機応変にやるしかないな」
「計画……っていうのか、それ」
「そんなもんだろ。計画なんて。上手くいかないのが相場だし」
そうにやりと笑うファンに、カイは頷くべきかどうか、考えていた。