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la vision

13
「どうして、あんな作品をつくるんです?」
夜もだいぶ更けたはずなのに、槻上は嫌な顔一つせず、周を自分のアパートに連れて行った。前衛のクリエーターらしい、独特の空間が彼の部屋を占めていた。それでも作品とは違う、硬質なイメージで統一されている。わからない人だと、周はその部屋を見て思った。
「あんな…ねぇ」
もうずいぶん飲んでいるのに、周がアルコールが良いというと、槻上は苦笑しつつもビールを差し出した。
「俺の印象と違うって?」
笑いを含んだ声でそう言われると、周はこくりと頷いた。
「よく言われるよ。どう、違う?」
「どうって…槻上さんと最初に会ったとき、太陽みたいな人だと思ったんです。でも、あの作品を初めて見たときは、毒々しさに、目を背けたくなった」
血のように滴る、赤い花汁。体液のような、黄色い花汁。
「それでも、見たくなってしまう。妖しく、誘われる」
触れたら壊れるんじゃないかと思う、囲い。額と言うより、囲いだと、周は今さら気付く。
目の前の槻上とは、やはり違う。
周の人差し指が、ビールの缶の縁を辿った。
「おもしろいね」
槻上が、そう笑った。それから、じっと周を見つめる。それに気付いて、周は目を上げた。突然その槻上の目が揺れて、妖しく光った。周はそれを見つけて、一瞬、身体を硬直させた。
「俺と、違う?」
今の槻上を前に、周は頷けなくなってしまった。逸らそうにも、逸らせない視線。
危ないと分かっているのに、惹きつけられる、誘惑。
「知ってる?花を手で握り締めてもね、雄しべと雌しべは、なかなか潰れないんだ」
あんな風に、堅く花汁を出すために握りつぶしても。
ゆっくりと手が伸びてきて、髪を撫で上げられる。向き合って座る反対側から、槻上は立ちあがって、テーブルに手をついた。
口付けが、熱い。
舌でたっぷりと犯されて、周は考えることを、止めた。

「初めてじゃないんだ…」
後ろに指を埋められて、熱い息で囁かれる。
「誰?周をこんなにしたの」
欲しがってるよ、と言われて、周は首を振った。
「やっ…はやく」
「どっち?」
「んぁっ…」
ぐるりと掻きまわされて、周は高い声を上げる。首筋を舐め上げられて、きつく目を閉じる。
「ひくひくしてる…」
くすくすと、笑う声。それにさえ、周は反応した。
「はや…く…」
ゆっくりと指で犯されて、堪らないとでも言うように、周の身が捩られる。全身が真っ赤に染まって、槻上の目が細められる。
想像していたより、ずっと誘われる。くらくらするような魅惑を放つ周は、精一杯綺麗に咲いた、一夜限りの花のようだった。短い生涯に、懸命に虫をおびき寄せる。壮絶なまでの色香を漂わせて。槻上はそう言う花を、咲いたばかりの花を、握りつぶしたい衝動にかられる気持ちを思い出していた。
ゆっくりと指が抜かれて、その瞬間の快楽に、周は声を上げる。
「うつ伏せになってごらん。そう…」
甘い囁きに、されるがままの周は、次の瞬間腰を持ち上げられて、驚いて身体を硬直させた。一瞬、自分がどんな格好をしているかわからなかった。
「やだ…」
それからその格好を想像して、前に逃げようとする。それを、槻上は許すはずがなかった。
「欲しいんでしょう?大丈夫。気持ちいいよ」
そう言ってから、自分の高まりを周にゆっくりと挿入した。
「んっ…」
ぬるりと入ってくる、まだ慣れない圧迫感に、周は息を詰める。でも、それが苦しいとわかっているから、懸命に息を吐き出した。
思ったよりも辛くなく、槻上が収まると、周は大きく息を吐いた。
「ふぁっ…あ、あっ…んっ」
一呼吸置くまもなく、激しく動かされて、周は声を我慢できずに、なきつづけた。しっかりと腰を掴まれて、逃げることもできない。
がくがくと、揺れているのが分かる。
やがて、頭が真っ白になって、意識が遠のいた。

重たい…
鉛のように、身体が重かった。それでも、周はなんとか起き上がって、のろのろと服を着た。
「早起きだね」
ベッドから、槻上の眠そうな声が聞こえた。薄いカーテンから、もう日が射し込んでいる。
時計は、五時を指そうとしていた。さんざん抱き合って、眠ったのは二、三時間だろうか。
「シャワー、浴びていきなよ」
「いえ。帰ります」
はっきりとしたその周の声に、槻上はやっと目が覚めたように起き出した。サイドテーブルから煙草を取って、火をつける。
「辛いだろう?送るよ」
その声に、首を振る。槻上は少し視線を漂わせてから、ため息をついた。周の顔には、はっきりとした拒絶があった。
それでも、律儀に玄関まで送ってくれる。
「お邪魔しました」
周がそう頭を下げると、その顎を掴まれた。それから、煙草を口から外して、ふわりと口付けられる。
「またおいで。俺で代わりになるなら」
にっこりとそう微笑まれて、周は大きく目を見張った。
「…すみません」
「何?」
にやりと口角が上がる。周には継ぐ言葉が出てこなかった。
「俺は俺で楽しませてもらったから」
槻上を、直視できずに、周はゆっくりともう一度頭を下げる。その周を、槻上は眩しそうに見た。
「…ちょっと、妬けるなぁ」
ドアが閉まる音を聞きながら、槻上は呟いた。今目の前で、真っ直ぐに自分自身を見つめて、だからこその苦脳をその表情に滲ませている少年を、昨晩狂わせた男。それが、自分ではないと、槻上にはわかっていた。
細い身体が壊れそうなほど、狂ったように求め続けたのは、自分ではないと。


夏の早朝は、少しだけ涼しくて、だるい身体には、心地よかった。
静かな通りを歩いていた。その空気があまりにも澄んでいて、綺麗に流れていて、周は堪え切れなくなって、涙を流した。
あのままあの部屋にいたら、きっとあそこで泣き出していただろう。
ふと目が覚めて見えた、背中。
穂積より、すこし華奢な印象のある、背中。
昨晩、周はずっと穂積に抱かれていると錯覚していた。
いや、させていた。
あの手も、唇も、くすくすと笑う声も、全てが違うのに、周はずっと、穂積に抱かれている時を思い出していた。
穂積の口付け、ささやき、視線―――
周は槻上に抱かれて達したのではない。
穂積の幻影に、翻弄された。
抱かれることと、抱くことの違いはあっても、身代わりを立てたことに変わりはない。
穂積が、どうやって自分を抱いているか、わかってしまった。
ほんの一瞬でも、自分を求めていることなどないのだと。
周が呼びつづけたのは、心の中で叫びつづけたのは、穂積の名でしかなかった。
同じことだ。
穂積の目には周が映っていても、見ているものは、違う。
自分では、ない。
―――それは、決して。

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