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ゲーム
2nd.stage
09
そんな風にしぶしぶモデルをすることになった上に、サキがスタジオに来ることを断るようになって、ヨシュアはひどくイライラしていた。もとから別に、約束していたわけではない。でも、ここ数日はずっと忙しいのだと言われつづけて、それが嘘ではないと思ってはいるが―――少しだけ歯切れの悪いサキの話し方が、気になっていた。
「なんなの。そのあまりに違う態度は。もう嫌よ。今日は私帰る」
気分が乗らず、スタジオには重い空気が漂っていて、メリッサにまで、そう言われる始末だ。
「悪い。今日はやめよう」
ヨシュアは自分にため息を吐いた。撮影中は集中していることが多いのに、どこかでサキを意識していたのがよくわかる。いなくなると、途端に気になるくらいに。情けない、ともう一度小さなため息を吐くと、メリッサがじっと自分を見ていることに気付いた。
「謝るなら、この無駄な時間を過ごした罪滅ぼしと、無駄に空いた時間の有効利用をさせてもらおうかしら?」
「なんだよその遠まわしな言い方は」
「サキの住所教えて」
にっこりとそう言われて、ヨシュアは軽く頭を振った。
「食っちまう気だろ?冗談じゃない」
顔は少女のように可愛いが、メリッサは色々な男に手を出させることで有名だ。ヨシュアは手を出すほうだったから文句は言えないが、メリッサがサキを狙っていることもわかっていた。ただ、自分のことに鈍いサキはそんなことは知らずに、仲良くお友達をしていたのだろう。
「ひどいし、ずるいわね。大丈夫よ。襲ったりしないから」
「信用ないんだよ。サキは、そういう奴じゃない。遊びで一晩を過ごせるような奴じゃないって、わかってるだろ?」
ヨシュアがそう言うと、メリッサが「おや?」という顔をした。
「やっぱり、ヨシュアってばサキには手を出してないんだ」
その呟きに、言われた本人は苦笑するしかなかった。いまだに疼く傷を、抉られたくはない。
「サキがどんな子なのかぐらいわかってるわよ」
「だったら」
「だから、かもしれないでしょ?」
メリッサがそう笑って、ヨシュアは絶句した。常々自分と似ているとは思っていたが、本当にこんなところまで似ているとは。
「だったら、余計に嫌だね」
あくまで教える気のないヨシュアに、メリッサは早々に痺れを切らした。
「いいわよ。ブライアンにでも聞くから」
「ちょっと待てよ。何でそこでブライアンなんだ?なんであいつがサキの住所を知ってるんだよ?」
思ってもいなかった名前が出てきて、ヨシュアは慌てた。最も、近づいて欲しくない人物なのだ。
「ヨシュアってば先生のことあいつなんて言っていいの?ほら、この間来てたじゃない。私の撮影が終わった後、ディアナの撮影が始まってから近寄ってきたの。それで、しっかり自己紹介してたわよ」
メリッサの言葉に、ヨシュアは小さく悪態を吐いた。ブライアンは、二兎を追って二兎とも得る人物だと忘れていた自分が悔しい。自分だけで、満足するはずがないのだ。
「ちょっと、どこ行くのよっ」
放って置かれた形になったメリッサの非難の声にも答えずに、ヨシュアは駆け出していた。
「そんなに緊張することないさ。自然な君が撮りたいだけだから」
もっともそれがモデルにしてみれば難しいんだろうけど。そう笑ったブライアンはまだまだ若く、その笑顔はとても気さくで、大学の教授にして有名カメラマンだとはサキには思えなかった。
この間のスタジオで、撮影が始まるとすぐにサキに近寄ったブライアンは、自分がヨシュアのカメラの先生であり、サキの通う大学の教授であることを話した。それから、ヨシュアのことで話したい、とサキの連絡先を聞いたのだ。サキがヨシュアをどう思っているかはわからなかったが、案外簡単にのってきたので、ブライアンにしてみれば幸運だった。
もちろん、ヨシュアのことというのは口実に過ぎなかったが、今日になって実際ヨシュアの話を持ち出したのは、このときのサキの素直な反応からだった。
―――え?ヨシュアがモデルですか?
―――そう、あいつ、絶対撮らせてくれなかったんだけど、今回君のことを言ったらすぐにね。
―――僕のこと、ですか?
―――サキは、モデルをする気はないんだって?
ブライアンは突然電話で来訪を告げ、落ち合ったカフェで、そう言ってにっこりと笑った。サキは驚いていたが、この間の……と匂わせただけで、すぐに出てきた。
―――ええ、向いているとは思えませんし、やりたいとも思ってません。
―――でも、私は撮りたいと思った。
―――僕をですか?
本当に不思議そうな顔をして聞いてくるサキに苦笑しながら、ブライアンは頷いた。ヨシュアの苦労が目に見えるようで、楽しかった。
―――そう、君をね。でも、ヨシュアが駄目だって言うからさ。それなら代わりにヨシュアがモデルをやれって言ったんだ。
言われたサキは、ひどく考えていた。自分がモデルをしたくないのはヨシュアはよく知っているし、執拗な勧誘に辟易していたことも知っている。だから断ってくれたのだろうが、それにしても、自分がやりたくないことまでする必要があるだろうか、と思っていた。
そこまでしてもらうのは、申し訳なかったし―――何より、ヨシュアがモデルになって、その写真が人目に触れるのは、勝手だと思いつつ、気に入らなかった。ただの友人だというのに、なんとも身勝手な話だと言うのは、サキにはわかっていた。それでも、感情がついていかないときもあるのだ。それなら、とサキは思わず口にしていた。
―――そんな風にヨシュアに迷惑は掛けたくないですから、引き受けます。
そう言ったサキを見て、ブライアンが内心でほくそ笑んでいたとは、サキは知らない。二兎を追って二兎とも得る。一石二鳥、が座右の銘のブライアンは、もちろん両方をモデルにするつもりだった。
そうして、善は急げとばかりに、サキをスタジオに連れてきたブライアンは、つくづくとサキを眺めていた。色白で線が細く、儚げな印象がある中で、瞳だけが時おり激情を主張して、そのアンバランスさが面白かった。ファッション誌で、と言うより、サキをメインにした一連のシリーズが撮れたら面白いだろう、と考えていた。または、コマーシャル的なポスターだ。
ヨシュアとのことを考えると、サキをシリーズ構成で撮ることは難しい。それなら、今度のミネラルウォーターのポスターに良いかもしれない。
なんにしろ、サキを撮ってみたくて堪らなくなったブライアンは、早速とばかりに自分のスタジオの用意を始めた。普段はアシスタントがいるのだが、なにぶん急で人手がない。それに思わぬ時間を掛けていると、入り口のベルがけたたましく鳴った。ブライアンは一瞬、嫌な予感がしたが、まだばれるのは早い、とその予感を振り払ってドアを開けた。でも、嫌な予感ほど当たるものだということを、改めて知らされた。
「……ストーカーか君は」
「詐欺師に言われたくはないですね。サキ、いるんでしょう?」
ヨシュアはかなり慌てていたのか、まだ息を整えているところだった。それはそれで、なかなか珍しいものが見られた、とブライアンはにやりと笑った。
「君は撮影じゃなかったのか?まさか放ってきたなんていわないよな?」
「中止したんですよ。そうしたら、メリッサがあなたがサキから連絡先を聞いていたって言うから」
飛んできた、というわけか。そうブライアンが楽しそうに続けて、ヨシュアはようやく気を落ち着けたようだった。
「あなたのカメラの腕と、写真は尊敬しているし信用しているんですけどね……」
あなたはどうも信用ならない、とヨシュアが言うのに、ブライアンは今度こそ声を上げて笑った。そこに、何事かと顔を出したのが、サキだった。
「サキ!」
呼ばれて、ヨシュアがいることにサキは驚いた。
「え?ヨシュア、今日撮影あったんじゃ……?」
「それがね、君のことが気になって身が入らず、中止だって」
笑ったままでブライアンがそう言うのに、決して嘘ではない辺りに反論が出来ず、ヨシュアは不機嫌そうに口を閉じたまま、ずかずかとサキに近寄ってその腕を取ると、出口へと戻った。
「失礼しました」
ヨシュアはそれだけ言って、ばたんっと扉を勢いよく閉めた。
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