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la vision
17
シャワーを浴びた髪は、濡れたままだった。
ふざけるように、周を離さない穂積と、二人でシャワーを浴びた。
もつれるように、絡み合ったまま、服を脱がし合って、水を互いにかけあったりして。
「ちょっ…おい、やめろよ」
「体は洗ってあげるからね」
「いいよ」
「お約束だろう?」
「…何が」
「聞くほうがやらしいよなぁ」
「…」
白く明るい浴室に、似合うような声を探して。わざと、明るい声を出して―――
そうふざけながら、流れる水に隠すように、周は少し泣いた。優しく絡みつく腕も手も、求め続ける唇も、全てが切なくて。
泣いたことを誤魔化せない、少しだけ塩辛い味が、舌に残った。
触れ合ったままベッドに倒れて、周は穂積を見上げた。
その顔に、両手を伸ばす。
ゆっくりと、確かめるように指を滑らせる。
額、形の良い眉、唇…
瞳を指で開いて、至近距離で覗き込む。
その瞳に映る、自分。
それは、水に映る姿と同じ。
どこにも、繋がらない。ただの、虚像。
「―――…名前を」
名前を、呼んで。
誰を浮かべても良い。でも、この空気を震わせるのは、自分の名前であってほしい。
周は、薄っぺらに映った自分も、その音も、全てを信じるつもりだった。
その奥に、何があろうと。
「周」
囁かれる。
それだけで、周は震えた。それを誤魔化すように、満足そうに笑う。口付ける。
「呼んで」
何度も、何度も。それだけで、良いから。
穂積の首に手を巻きつけて、起き上がる。濡れた髪に、首筋に、口付ける。
「周、しゅ…う」
愛しそうな、声。それが自分の名だと、周は何度も確認した。反芻して、確かめた。
するりと手が滑っているのが、自分の背中だと。
挿しこまれる指が、穂積のもので、その熱が、本当だと、何度も。
自分の中で、大きくなっていく穂積を、―――何度も。
ずっと、確認し続けた。
自分では、決して得られない、他人から引きずり出される快楽。
「うっ…あ、…っん」
ばらばらになりそうな、感覚。
「んっ…やめない…で…」
異物感。
―――…それを。
薄っすらと、射し込む光に、穂積の背中が見えた。
吐き出される紫煙が、朝日に揺らめいている。
遠い、背中。
初めて抱き合ったとき見た、あのときと同じ、孤独を纏った背中。
その穂積を包むベールは、より厚く、より透明になった気がした。
さっきまで触れていたのは、本当だったのだろうか?
夢でも、幻でもなかったのだろうか?
触れられていなければ、確信できない。
抱いていたのは穂積で、抱かれたのは、自分だったのか…
もう、確かめる術はない。
どうせなら、最後はひどくしてくれれば良かったのだ。
感情なく、慰み物のように抱いてくれれば。
そうしたら、抱かれたと、認識できたのに。
「―――…俺を一人に、するんだな」
穂積が、呟いた。周は、視界がぼやけるのが分かる。虚空に消えるはずの呟き。誰かに、受けとめられるはずがない、切ない声。
それを、聞いてしまった。
「始めから、穂積さんは一人だったでしょう」
同じ響きで、周は呟いた。穂積の背が、微かに揺れた。紫煙を吐きながら、ゆっくりと振りかえる。
「起きていたのか」
「ずっと、一人だったでしょう?」
周は、流れる紫煙を、ぼんやりと見つめる。それが一際大きく吐き出されて、穂積が周を見た。
「おまえを抱いているときは、おまえが確かにいたよ」
―――おまえを、思っていたよ。
さらりと前髪をかき上げられて、周は眉根を寄せる。唇が小さく震えて、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「なんで、そんな残酷なことを言うんだよ」
「……」
「なんで、そんなことっ…」
周は、枕に顔を押しつけた。それでも、しゃくりあげる声は塞がれず、漏れ聞こえた。穂積が、その髪を撫でつづける。
何もかも失ったのは、自分のせい。
周を振り回し、傷つけ、こんな風に泣かせているのは。
望んだことではない。
決して、望んだことではないのに。
―――周は小さく震えて、泣いている。
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